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まつろはぬ古代の神々


March.10.2005





かおる
師匠! 師匠! ちょっとお聞きしたいんですが!

つづき
なんじゃね? やぶからぼうに。

かおる
師匠の、この前のコラムですが、
こんなこと語ってましたよね?

古代に「はは」と「かか」の戦いがあった。



つづき
いかにも。 そして、「」という勢力が勝利し、
かつ」という言葉が「勝つ」という意味として残ったのじゃな。
かおる
そのことなんですが、そんなに言葉に残るほど重要な戦いが、
神話に残ってないのはおかしくないですか?
つづき
勝つ」などという言葉は、それこそ、はるか古代の言葉じゃろう。
神話としても、当時のエピソードは、正確には忘れ去られているじゃろうな。
かおる
なあんだ。 じゃあ、やっぱり、たいした論拠があっての説じゃないんですね?
いつもの思いつきですか〜。
つづき
論拠が無いじゃと?

かおる
だって、神話にも記録されてないわけでしょ? 「勝つ」という言葉があるからといって、
はは」と「かか」の戦いがあったとは言えないでしょう〜。
つづき
ところが、どっこい。
はは」と「かか」の戦いがあったことを匂わす事件は、神話に記録されておる。
かおる
へえ? なんですか? それは?

つづき
国譲り神話」じゃ。





国譲り神話

中つ国平定のために遣わされた「タケミカヅチ」は、
力比べで「タケミナカタ」と戦い、勝利した。
「タケミナカタ」は、諏訪へ逃れ、
オオクニヌシは、国譲りに同意し、出雲に隠匿した。





かおる
? それのどこが、「はは」と「かか」の戦いなんですか?

つづき
登場人物はこれだけではない。 もうひとり、国譲りに抵抗した重要な人物がおる。


アマノカカセヲ
(天香香背男)



かおる
おお〜〜! そういえば、いましたね! そういう人が!
で、「はは」は?
つづき
うむ。 神話には語られぬが、実は役者はちゃんと揃っておるのじゃ。


アラハハ
(荒羽羽気)



アマノカカセヲ(天香香背男)と、アラハハキ(荒羽羽気)は、
名前の構造から、古代の、同時代を生きた人物と思われる。

アラハハキ(荒羽羽気)は、戦いに敗れ、神話からも忘れられ、
マラウト(客人)として東北へ放浪したという。
出雲の「伯耆(ほうき=ははき)」が、本拠地だったと思われる。
これは、出雲国譲りと、同じ構図である。
はるか古代に、出雲地方で「ハハキ」と「カカセヲ」の戦いがあり、
その記憶が、「タケミナカタ」対「タケミカヅチ」の神話に姿を変えたのだろう。
二人の戦いは相撲のルーツといわれ、説話のルーツは、相当古代へと遡るであろう。

出雲で勝利した「カカセヲ」は、次に侵略してきた、天津神と、領地を賭けて戦ったであろう。
その伝承が、些細ながら、まつろわぬ神々として、日本神話の記述として残ったのである。



かおる
ええ〜〜〜?? あの、アラハバキと、アマノカカセヲが戦ったんですか〜〜??
なんか、おもいっきりネタくさいですよ〜〜?
つづき
ネタではない。
言霊を解析すれば、そのような答えが、自動的に導かれるということじゃ。

アラハバキ」は、「アマノカカセヲ」によって、出雲を追われた。
代りに、「アマノカカセヲ」は、出雲を統治しておったであろうが、
また後からやってきた、天津神によって、滅ぼされたということじゃ。
それらの記憶が、国譲り神話としてまとめられたのじゃ。

アラハバキ」が出雲を追われたことと、
文献に見られる、国譲り神話との類似性は無視できまい。


かおる
すると、オオクニヌシは、どこにいたのでしょう?
タケミナカタは?
つづき
彼らは、最初から出雲にいたのではなかろう。
もともとは、「畿内の大王」だったはずじゃ。 天津神に追われて、出雲に落ち延びたのじゃ。
かおる
ほほ〜。

つづき
国譲りは、8世紀に記紀が成立するはるか以前の出来事じゃ。
倭国大乱と、それよりも数百年古代の伝承が混ざり合っておるに違いない。
かおる
古代というと、だいたいどれくらいでしょう〜?

つづき
そうじゃの。 縄文時代の終わり頃じゃろう。 「ヒコ」という名前が登場する以前の時代じゃ。
大雑把ながらも、言葉の成り立ちを表にしてみたぞよ。


古代の歴史は、言葉の語彙に残るもの。
」が「勝つ」という語彙になれば、
その後の時代は、「」が、尊称となる。
カモ(賀茂)・カミ(神)」は、そうした時代を経て生まれた言葉。

言葉を分解すれば、
古代人の考え、時代背景を探ることができる。





言葉の成り立ちと歴史表
(時代は大雑把だったり前後してます)


ホ族
金属器
銅矛
ニ族
稲作
銅鐸
ヒ族
太陽信仰の司祭
モ族
ムラの首長
ス族
敗北した部族
石器時代
(言葉が生まれ始める)
タ・チ
手・地・血
ヒタ
日田
肥の国
ムチ・モチ
「むち」=睦
「もち」=持つ・餅
「むた」=共
サト
「さと」=里
「さは」=沢
「さち」=幸
「した」=下
「すち」=筋

門・戸・人
ヒト

ひとつ
ひと→いと(伊都)?
「ふち」=淵
「うち」=内
内つ国
モト
本・元
本つ国
「ひのもと」=日本
ソト
「そと」=外
外つ国
ナ・ノ
名・野
「な」=名
稲・縄
「なる」=
成る・奈良
「のり」=詔
ヒナ
「ひな」=鄙・雛
ひなもり(鄙守)
=日の守?
「ひなた」=日向
モノ
ナモチ

「もの」=物・物部
オオモノヌシ
おおなむち
=大の持ち?
「なむぢ」=汝
ソノ
「その」=園

玉(に)
ヌヒ
「ぬひ」=奴婢
「にひ」=新
「のび」=昇・伸
「のい」=仰向け
ヌモ
「ぬみ・ぬま」=要害
「なま」=生
鈍る・訛る
「のむ」=祈む
ヌス
「ぬし」=主
縄文時代
(狩猟採集〜稲作の始まり)

神事に関係した言葉が生まれ始める。
神域
 
ヒモ

「ひも・ひぼ」=紐
「ひもろき」=神籬
(神域の起源)
ひも=いも=妹・巫女?
参考コラム
神事
 
スモ

「すも」=相撲
「しこ」=四股
「しこを」=醜男
(相撲の起源)
「すめら」=皇
「もす」=まおす(申す)

「め」=目
太陽神
 
ヒルメムチ

昼目睦=天目一箇
 

「たから」
=宝
タヒ
「たび」=松明
タモ
「たも」=賜
「たま」=玉・魂
タシ
「だし」=出し
山車・旨味
タカ
竹・武
竹槍
=武器
「たける」
=武
タカヒ
「たかひ」=高い
タカミ
「たかみ」=高み
タケシ
「たけし」=武
たけしうちのすくね
建内宿禰
タハ
「たば」=束
「たへ」=布
タハヒ
「たはぶる」=戯る
タハミ
「たわむ」=撓む
タハシ
「たはし」=みだら
祖神カグツチ 
オオ
ヒルメムチ
 
 
オオ
ナモチ
 
 
スサノヲ
スクナ


「み」=身
産す
結び
ホムスヒ

火産霊
 
タカミムスヒ

高皇産霊・高皇産巣日
「ム(モ)+ス+ヒ」
(高み結び=鳥居・注連縄の起源) 
「は」対「か」の古代戦争
(「は」「か」を尊称として使い分ける勢力が生まれる→「か」が勝利)
地名
「か」=処
「は」=端

「は」=端
「はは」=浜・海
参考コラム
「ははき」=伯耆
波波伎神社
「たには」=丹波
「あは」=阿波・淡路
「はこ」=箱
「はか」=墓
「はる・はら」=原・春
西都原(はる)
尾張(はり)

「か」=処
「かか」=加賀・香川・輝く・鏡
「かげ」=影・陰
「かぐ」=香具山
「かも」=賀茂・鴨・上
「かご」=籠・籠神社
「つか」=塚
首長名
 
ハハキ

アラハバキ
荒羽羽気・荒覇吐
敗北し、神話からも忘却される

カカセヲ

アマノカカセヲ
天香香背男
勝利し、神話に名残を残す
蛇神 ハハ
ハハ・ハブ・ハミ
カカ
ヤマカガシ
美称
 
ミハ


「みは」=三輪
参考コラム
 
ミカ


「みか」=甕
参考コラム

「たけみかづち」=武甕槌神
「あまつみかほし」=天津甕星
国譲り神話生まれる
(カカセヲ側の「か」が尊称として定着し、「は」は、曖昧な意味を持つ)

「ハバキ(伯耆)」は出雲地方の言葉である。
「ハバキ」を倒した「カカセヲ」は、出雲地方を支配し、後の天孫にも抵抗したであろう。
後世に、タケミカヅチとタケミナカタの国譲りに姿を変えて神話になった。
ちから比べは、相撲の起源とも言われており、
説話のルーツは、縄文時代まで遡れるはずである。
「ひこ」という名前が生まれる以前の物語である。

この後、「かも」という言葉が生まれ、「かみ(上・神)」へと繋がっていく。
方角
「し」=方角
(風?)
ホカ・ホハ
ホシ

「ほか」=外
「ほびこる」=広がる
「ほし」=星
ナカ・ナハ
ニシ

「か」=処
「なか」=中
中つ国
「なち」=那智
「なは」=縄
沖縄・那覇
参考コラム
「にし」=西
ヒカ・ヒハ
ヒシ

「ひか」=控ふ
「ひく」=引く
「ひがし」=東
「ひは」=比婆
日和佐・鶸・雲雀
「ひし」=州
モカ・モハ
モシ

「むかし」=昔
「もはゆ」=思ゆ
「もし」=茂し
「もなか」=真中
スカ・スハ
スサ

「か」=処
「すが」=須賀
「しか」=鹿
志賀島・佐賀・滋賀
「すは」=諏訪
「すはる」=座る
「さき」=前・岬
「すさ」=荒ぶ
スサノヲ

神・代表
讃える物
カホ

「かほ」=顔

九州・四国には
顔が四つあった
カニ

カニ信仰(?)
参考コラム
カヒ

「かひ」=甲斐
(効果・価値)
カモ
「かも」=鴨・賀茂・上
(支配者と民の
上下関係の起源)
参考コラム
「おおきみ(大王)」が
崇拝されて、
「神」の意味になる
「かも居」=鴨居
=かむい=神
=とりい=鳥居
カス
シモ

「かず」=数
(大勢)
「しも」=下
「くし」=櫛・奇し
「かす」=糟
(後世の蔑称)
弥生時代
(弥生人来訪・稲作伝来)

「ね」=根
根源
ホネ
「ほね」=骨
ニネ
「にね」=?
「になう」=担う
「にの」=布・蓑
「みの」=美濃
ヒネ
「ひね」=いね(稲)
モネ
「もね」=?
「まね」=真似
「むね」=胸
スネ
「すね」=脛
(人間の根元)

動詞
ホル
「ほ」=穂・炎・峰
ニル
「に・はに」=土
「にる」=煮る・土器
「にる」=似る・埴輪
ヒル
「ひ」=日
「ひる」=昼
モル
「も」=物
「もる」=盛る・森
スル
「す」=巣
「する」=行動
「さる」=去る
サルタヒコ

平地
住居
ホラ
「ほる」=掘る
開墾・原?
ニラ
「にらぐ」=鉄を鍛え
伸ばして平らにする
「なら」=均す・奈良
ヒラ
「ひら」=平
滋賀県・比良
モラ
「むれ」=群れ・村
「むろ」=室
スラ
「さら」=更・皿
平らなもの
銅矛・銅鐸祭祀時代
(金属器の伝来)

「ほこ」「にき」「ひこ」という言葉が生まれる。

「ヒコ・ヒメ」の名を持つ神は、この時代以降の産物である。
「ニ」族の「クニ(国)=中つ国」が繁栄し、他族の言葉は蔑称になっていく。
「ヒコ・ヒメ」は美称として残っているので、太陽信仰は生き続けていた。

祭祀
ホコ
「ほこ」=矛

銅矛祭祀
ニコ・ニキ
「にこ」=にき(和)
「にぎしね」=和稲
ナキ
「さなき・ぬで」=鈴・鐸
「なく」=鳴る・鳴く
「なご」=和む

銅鐸祭祀
ヒコ
「ひこ」=日子
「ひめ」=日女
モコ
「もこ」=婿・相手
相手=神か?
スコ
「すが・すげ」=菅
(草製品)
「すがた」=姿
「すご」=凄い
「すこ」=少し
「すく」=好く
「すか」=須賀

動詞
ホコル
「ほこる」=誇る
ニギル
豊穣・握る・賑わう
ナガス
「ながす」=広める
「ながむ」=眺める
ヒカル
「ひかる」=光る
モコロ
「もころ」=如し?
神の如し?
スグル
「すぐる」=優る
「しがらむ」=関係
「しかる」=叱る」

国名
クホ
「くぼ」=窪
クニ
「くに」=国
クヒ
「くび」=首
食ひ・悔い
「首を取る」
(後世の蔑称)
大山咋
(おおやまくひ)
クモ
「くも」=雲・蜘蛛
出雲・土蜘蛛
(後世の蔑称)
クス
「くず」=国巣
(先住民)
「くす」=屈す・屑
(後世の蔑称)
倭国大乱時代・神武東征神話生まれる
(銅矛・銅鐸文化の消滅)

「ホ」族が台頭し、「ニ」族の「クニ(国)」を凌駕する。
首長名ホホデミ

神武の祖
ニニギ
「ねぎ」=禰宜
ハヤヒ
ハヤヒ「や」=矢
「ゆみ」=弓
「はや」=羽羽矢
「はやひ」=速い
「はやる」=流行

ニギハヤヒ
「穣+羽矢+日」
オオナモチ
ムラジ


「むらじ」=連

スサノヲ
スグリ
シキ

「すぐり」=村主
「すくね」=宿禰
「しき」=スクの転
「しきる」=仕切る
磯城彦
兄磯城・弟磯城
八十猛
椎根津彦
スクナヒコナ
サルタヒコ
戦士名
「びこ」
=毘古
ヒコ
ホホデミ

イワレヒコ=
奈良県
桜井市・磐余
ヒコ
ホノニニギ
ビコ
「びこ」=毘古・彦
「ひげ」=髭
登美能那賀須泥毘古
とみのなかすぢひこ?
=長髄彦(ながすねひこ)?
登美毘古(とみひこ)=奈良市富雄
参考コラム
防人ヒナモリ
夷守
サキモリ
「さきもり」=防人
ナカスヂ
「なかすぢ」=中筋
参考コラム
敬称
コニキシ・ヒホコ
「こにきし」=百済国王
「ひほこ」=天日矛・新羅皇子
スメラミコト
「統べる+みこと」=スメラミコト
天戸隠れ神話生まれる
(クニ同士が和解・連合し、「ヒ」族を共立する?)

天戸隠れで、神々が集合し、矛と鏡が登場する
ウケヒ(うけい・誓約)で生まれた神は、
宗像三神・天忍穂耳・天穂日
天津日子根・活津日子根・熊野楠日
参考コラム

これらの言葉は、神話が生まれた当時に成立しているはず。
そして「ヒ」族、が絶対権力を握り、他を制圧していたわけではなく、
他勢力が「ヒ」族を求めており、
「ヒ」族と他の勢力との契約・連合が必要だったことを示す。
そして、「ヒコ」の王が生まれる。
「ヒコホホデミ・ヒコホノニニギ」は、この時代の贈り名。
誓約

天戸隠れ・ウケヒ

「ヒ」=「日」
参考コラム

「こ」=言
心(こころ)
籠・篭る
込む
コト
「こことむすひ」=興台産霊
「みことのり」=詔
「みこと」=命・尊
倭王権時代
(2〜3世紀?)

「ヒコ」が王位に就く。

「ヤマト」が、国名となる。
畿内の王「御上(おかみ)・大王(おおきみ)」から派生した語の「神(かみ)」が全国共通語になる
王家初代神武に、「カム・ヤマトイワレヒコ」と、おくり名を賜る
人名
「やまと」
=倭・大和
神武
カムヤマトイワレヒコホホデミ
倭迹々日百襲姫
ヤマトトトヒモモソヒメ
参考コラム
建内宿禰
たけしうちのすくね
王朝
ヒコ王朝

 始馭天下之天皇(ハツクニシラススメラミコト)
神武天皇(かむやまといわれひこ)=彦火火出見(ひこほほでみ)
綏靖天皇(かむぬなかわみみ)←アマテラスの長男はアメノオシホミミだが……
安寧天皇(しきつひこたまてみ)←「てみ」は、ホホデミの「てみ」系統か?
懿徳天皇(おおやまとひこすきとも)
孝昭天皇(みまつひこかえしね)
孝安天皇(やまとたらしひこくにおしひと)
孝霊天皇(おおやまとねこひこふとに)←「に」は、ニニギの「瓊」
孝元天皇(おおやまとねこひこくにくる)←子孫に建内宿禰がいる・宿禰は仁徳まで仕える
開化天皇(わかやまとねこひこおおひひ)←この時代まで、葛城に都を置く。 後に、磯城に遷都。

 御肇国天皇(ハツクニシラススメラミコト)
崇神天皇(みまきいりひこいにえ)←箸墓古墳造営の記述(3世紀?)
垂仁天皇(いくめいりひこいさち)
景行天皇(おおたらしひこおしろわけ)
成務天皇(わかたらしひこ)
仲哀天皇(たらしなかつひこ)
将軍
四道将軍

ヌナカ
武渟川別・東海
(たけぬなかはわけ)
オホヒコ
大彦命
北の四道将軍
クガミミ
丹波の玖賀耳は
日子坐王(ひこいます)に
滅ぼされる
イサセリ
五十狭芹彦命
吉備津彦命
魏志倭人伝時代
(3世紀)
人名

卑弥呼
(ひみほ?)
参考コラム
ニキ
爾支
(にき)
伊都国の官

柄渠觚(ひここ)
伊都国の副官

卑弥呼
(ひみこ?)
ミミ
彌彌那利
(みみなり)
投馬国の官

泄謨觚
(しまこ)
伊都国の副官
古墳時代
(4世紀〜5世紀)
王朝
倭の五王?王朝

神功皇后(おきながたらしひめ)
応神天皇(ほむた)
仁徳天皇(おおさざき)
履中天皇(いざほわけ)
反正天皇(みつはわけ)
允恭天皇(おあさづまわくごのすくね)
安康天皇(あなほ)
雄略天皇(おおはつせのわかたけ)
清寧天皇(しらかのたけひろくにおしわかやまとねこ)
顕宗天皇(をけ)
仁賢天皇(おけ)
武烈天皇(おはつせのわかさざき)←仁徳天皇の皇統はここで終わる
律令時代
(6世紀〜)

神道が整備され、全国の豪族を神として祀る
後に、「アメ」を美称として、王家ゆかりの神を、天津神と称して格上にする。
王家が「天皇」を名乗る。
神道
「かみ」
=神

カミムスヒ

神皇産霊
王朝
「あめ」
=天
アメ王朝

継体天皇(おおど)←越前国出身の、応神天皇の子孫
安閑天皇(ひろくにおしたけかなひ)
宣化天皇(たけおひろくにおしたて)
欽明天皇(あめくにおしひらきひろにはのすめらみこと)←父は越前国からきた継体天皇
敏達天皇(ぬなくらのふとたましき)←蘇我氏の影響強まる・物部氏と抗争
用明天皇(たちばなのとよひ)
崇峻天皇(はつせべ)
推古天皇(とよみけかしきやひめ)←遣隋使を出す(小野妹子・607年)朝鮮半島から大陸外交へ・仏教興隆の詔
舒明天皇(おきながたらしひひろぬか)←遣唐使を出す(630年)
皇極天皇(あめとよたからいかしひたらしひめ)←大化改新(645年)孝徳天皇即位
孝徳天皇(あめよろずとよひ)
斉明天皇(あめとよたからいかしひたらしひめ)←阿倍比羅夫の蝦夷征伐(658・660年)
天智天皇(あめみことひらかすわけ)←白村江の戦い(663年)唐の百済鎮将・郭務宗等、来日
(弘文天皇)←壬申の乱(672年)
天武天皇(あまのぬなはらおきのまひと)←出生は謎? 陰陽寮、占星台設置など外国文化に強い
持統天皇(たかあまのはらひろのひめ)←天武の息子・舎人親王に日本書記編纂を命ず





かおる
う〜む。 ツッコミ所満載なような気が……。
天戸隠れ」は、「国譲り・神武東征」よりも、新しい時代のエピソードなんですか?
つづき
アマテラスの天戸隠れには、「矛・鏡」が登場することから、
金属器が伝わってからの説話であることが伺えるじゃろう。

スサノヲとアマテラスのウケヒは、倭国大乱を収束させたことの説話ではないじゃろうか?


ウケヒ=うけい(誓約)参考コラム


かおる
すると、こういうことですか?


「モ」族→「オオナモチ」→「カモ(賀茂)・カミ(神)」=古代の大王の尊称(実質権力)
「ヒ」族→「オオヒルメムチ」=古代の太陽神(祭祀権力)

ウケヒ」によって、二つの神格は、「アマテラスオオミカミ」として融合した。


つづき
じゃがしかし、国造りを成し遂げたのは、「」族じゃと思われる。
今、わしらはといえば、「クニ」という言葉を使っておる。

」を、「国名」の語幹と考えると、勝利したのは「クニ(国)」=「」族じゃと導かれるのじゃ。
」族・「」族は、「クモ(出雲・蜘蛛)・クズ(国巣)」の語源となり、みごとに負けた側の国名なのである。

そして最終的に、勝利したのは「」族なのじゃ。
記紀神話で、ヒコホホデミが、ニニギの子孫じゃと称しておるのがその証拠。
実際は、系譜の乗っ取りが行なわれたのじゃろう。


次の言霊表を、よくみるがよい。
古代の神々が覇権を奪い合い、まつろったり、まつろわなかったりした歴史が、
言葉にちゃんと残されておる。








言葉にみられる、覇権の歴史

「カ・コ・ク」は、古代の美称として定着したもの。
(加賀・鹿児島・加古川・香具山……)

ホ族
金属器
銅矛
ニ族
稲作
銅鐸
ヒ族
太陽信仰の司祭
モ族
ムラの首長
ス族
敗北した部族

玉(に)
ヌヒ
「ぬひ」=奴婢
「にひ」=新
「のび」=昇・伸
「のい」=仰向け
ヌモ
「ぬみ・ぬま」=要害
「なま」=生
鈍る・訛る
「のむ」=祈む
ヌス
「ぬし」=主

神・代表
讃える物
カホ

「かほ」=顔

九州・四国には
顔が四つあった
カニ

カニ信仰(?)
参考コラム
カヒ

「かひ」=甲斐
(効果・価値)
カモ
「かも」=鴨・賀茂・上
(支配者と民の
上下関係の起源)
参考コラム
「おおきみ(大王)」が
崇拝されて、
「神」の意味になる
「かも居」=鴨居
=かむい=神
=とりい=鳥居
カス
シモ

「かず」=数
(大勢)
「しも」=下
「くし」=櫛・奇し
「かす」=糟
(後世の蔑称)

祭祀
ホコ
「ほこ」=矛

銅矛祭祀
ニコ・ニキ
「にこ」=にき(和)
「にぎしね」=和稲
ナキ
「さなき・ぬで」=鈴・鐸
「なく」=鳴る・鳴く
「なご」=和む

銅鐸祭祀
ヒコ
「ひこ」=日子
「ひめ」=日女
モコ
「もこ」=婿・相手
相手=神か?
スコ
「すが・すげ」=菅
(草製品)
「すがた」=姿
「すご」=凄い
「すこ」=少し
「すく」=好く
「すか」=須賀

国名
クホ
「くぼ」=窪
クニ
「くに」=国
クヒ
「くび」=首
食ひ・悔い
「首を取る」
(後世の蔑称)
大山咋
(おおやまくひ)
クモ
「くも」=雲・蜘蛛
出雲・土蜘蛛
(後世の蔑称)
クス
「くず」=国巣
(先住民)
「くす」=屈す・屑
(後世の蔑称)
首長名ホホデミ

神武の祖
ニニギ
「ねぎ」=禰宜
ハヤヒ
ハヤヒ「や」=矢
「ゆみ」=弓
「はや」=羽羽矢
「はやひ」=速い
「はやる」=流行

ニギハヤヒ
「穣+羽矢+日」
オオナモチ
ムラジ


「むらじ」=連

スサノヲ
スグリ
シキ

「すぐり」=村主
「すくね」=宿禰
「しき」=スクの転
「しきる」=仕切る
磯城彦
兄磯城・弟磯城
八十猛
椎根津彦
スクナヒコナ
サルタヒコ
尊称
残存語
オホ クニ ヒコ カミ ヌシ


ほとんどの神の名前は、表の「尊称」の順番通りに単語が並んでいる。
新しい支配者が登場した時に、新しい尊称が生まれ、名前に重ねられたということ。


」族は、畿内を中心に、銅鐸祭祀を行なっていた。
」族の「彼の地」は、繁栄し、「クニ」と呼ばれるようになった。

クニ(国)」という言葉を残したのは「」族だった。
そして、他の種族の国の名前は蔑称になってしまった。


その後の、倭国大乱で勝利したのは、
「ニ」族から「クニ」を奪った、「ホ」族だった。

神武天皇(ヒコホホデミ)が、橿原で祀ったのは「高皇産霊尊」。


しかし、現在、最高神として祀られているのは、
「ヒ」族の太陽神アマテラスなのだが……?






かおる
最終的に勝利したのは「」族なのに、なぜ、今の神道は、太陽神を祀っているのでしょう?

つづき
日本は古来より、太陽神「オオヒルメムチ・アマテラス」を祀っておったのじゃろう。
その司祭が」族であったじゃろう。


弥生時代当初は、「」族は、」族に仕え、友好的関係にあった。

」族は、太陽神の「ねぎ(禰宜)」として、祭祀を司り、「クニ」を運営してた。


弥生末期の倭国大乱で、「」族の「クニ」は、「」族によって支配された。
こうして、敗れた」族は、身を隠してしまった。

しかし、それでは民は納得せず、クニは安定しなかったのじゃろう。


」族が身を隠したことによって、国中は服従しなかった。

」族の復権のための戦いは、その後も何年も続いたのではなかろうか?
国内の混乱は、日食の記憶と共に「天戸隠れ」の神話となった。


勝利したはずの「」族は、クニの統治を円滑に進めるために、
改めて、」族を立てて、古代からの太陽神を祀ることにした。

国つ神と、天つ神の「ウケヒ(誓約)」の神話となった。


これが、伊勢神宮の起源であり、アマテラスの天戸隠れに投影されたのではないか?
伊勢神宮を祀った、垂仁天皇の御世ということになろうか?



新政権の統治者としての、「ビコ(毘古)」から、大王を意味する、
ミコ(皇子・巫女)という言葉が生まれた。

「び→み」は、音が変わりやすい。

「みこと(命・尊)」は、「みこともち(御言持・命以)」の短縮形。 みことのり(詔)と言う。






つづき
このような新体制への移行が、銅矛・銅鐸祭祀が終焉に向かった要因じゃったというわけじゃ。
弥生時代末期のことじゃったろうて。
かおる
あの〜〜師匠? ……師匠?

つづき
う〜む。 毎度ながら、わしの洞察力はすごいのお。 我ながらホレボレするわい。

かおる
師匠! 師匠! ちょっとちょっと!!

つづき
なんじゃね? かおる君。 またネタじゃと思っておるのかね?

かおる
いや、そうではなくて……いや、でも、しかし……。

つづき
これらは、ネタではなく、長い歴史に揉まれた「ヤマトコトバ」が語っていること。
言霊から自動的に導かれた解なのじゃ。 素直に認めたらどうかね?
かおる
師匠は、たしか、邪馬台国九州説派でしたよね?
そして、畿内の大和朝廷に滅ぼされたのだと……。
つづき
いかにも。 卑弥呼は、九州の女王であったと、わしは信じておる!
歴史は言葉に残るもの。 言霊を解析すれば、必ず古代史の真実を突き止めることが出来よう。
かおる
今の師匠の論理展開は、魏志倭人伝の卑弥呼の記述とソックリですよ?





魏志倭人伝

そのクニは、もともと男子の王を立てていた。
七・八十年前、倭国、大きく乱れた。
戦いの末、共に、女子を立てて王とした。
名を卑弥呼という。
鬼道に仕え、よく衆を惑わす。

卑弥呼の後を継いだのは台与。







師匠の説

倭国大乱の後、「」族が勝利し、クニの王になった。
しかし、クニは収まらなかったので、
その後、」族の巫女を立てて太陽神を祀った。
垂仁天皇の祀った、伊勢神宮のことである。

雄略天皇の時に、丹波から豊受大神を迎える。





ということは、
やっぱり卑弥呼は、
畿内の女王なんじゃん?
(言霊理論と、文献との類似性に従えば)

邪馬台国=大和
女王国=伊勢









つづき
うを〜〜〜〜!! そんなバカな〜〜〜〜〜っっ!!!!!

かおる
自爆しましたね?














付録・年表




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