景行紀 かがなべて よにはここのよ ひにはとをかを 日日並べて、夜には九夜、日には十日を 備考:「ひ」「か」の音は、同じ「日」の語彙で使われている |
ヤマトタケルと、火焚きの老人の歌詠み ヤマトタケルは、景行天皇に命じられ、東国の征伐に出向いた。 蝦夷を平らげた後の、帰路の旅もまた長いものであった。 「にひばり つくばをすぎて いくよかねつる」 (新治、筑波を過ぎて、幾夜も野宿をしたものだ) そう呟くヤマトタケルに、お供の火焚きの老人が返歌をした。 「かがなべて よにはここのよ ひにはとをかを」 (多くの日にちを重ね、夜では九夜、日では十日でございます) |
万葉集・0060番 よひにあひて あしたおもなみ なばりにか けながくいもが いほりせりけむ 宵に逢ひて朝面無み名張にか日長く妹が廬りせりけむ 意訳:「けなが」=また逢えるまで、何日も妹は、借家に篭ってるだろう 備考:「けなが」=「日なが」=幾日も、時間が経過した |
万葉集・0060番 よひにあひて あしたおもなみ なばりにか けながくいもが いほりせりけむ 暮相而 朝面無美 隠尓加 氣長妹之 廬利為里計武 備考:「けなが」は、「気長」であって「日長」とは書かれていない |
万葉集・0060番 暮相而 朝面無美 隠尓加 氣長妹之 廬利為里計武 宵に逢ひて朝面無み名張にかけ長く妹が廬りせりけむ 意訳:「けなが」=気長に妹は、借家で待ち続けているだろう 備考:「氣長」=「気長(きなが)」=幾日も(日長)、時間が経過した意味では無い |
万葉集・0263番 馬莫疾 打莫行 氣並而 見居弖毛和我歸 志賀尓安良七國 馬ないたく 打ちてな行きそ けならべて 見ても我が行く 滋賀にあらなくに 意訳:「けならべ」=「気を慣す」=気持ち平静にして旅を続けよう 備考:「氣並」=「日並」では全然意味が通らない |
万葉集・0487番 淡海路乃 鳥篭之山有 不知哉川 氣乃己呂其侶波 戀乍裳将有 近江道の鳥篭の山なる不知哉川けのころごろは恋ひつつもあらむ 意訳:「けのころごろ」=この頃ずっと恋しい気持ちを抱いている 備考:「氣乃己呂其侶」=「此の頃頃」=「日の頃頃」の意味では無い |
万葉集・4127番 夜須能河波 伊牟可比太知弓 等之乃古非 氣奈我伎古良河 都麻度比能欲曽 安の川い向ひ立ちて年の恋け長き子らが妻問の夜そ 意訳:「けながき」=一年中恋しく思いあった健気な恋人達が、逢える夜 備考:「氣奈我伎」=「健気な」=現代の気長という意味に同じ(日長では無い) |
言葉 | 古語辞典的解釈 | 真の意味 |
け(氣・日・毛) | 「気」=ものから発するもの(気配) 「日(け)」=日(ひ)の上代語 「毛」=皮に生えるもの | 「け」=すべて「気」の派生語 発散・生える・纏うもの 「木(き)」は地面から生えるもの |
けう(稀有) | 珍しいこと | 気が珍しいこと |
けがれる(穢れる) | 不浄 | 気が枯れること |
けさ(今朝) | 夜の明けた朝 「けさ」=「明旦」 「明旦」=夜が明けること 「元旦」=年があけること | 朝日の気が矢の様に射してきたこと 「けさ」=「気矢」 |
けし(怪し) | 異様なこと | 気が異様なこと 「けしき(気色・景色)」=様子 |
けす(消す・着す) けつ(消つ) けづる(削る) | 「消す」=消滅させる 「着す」=服を着る | 着ることは、素肌の気を消すこと げす(解す)=毒を消す (不安を消す=理解する) |
けな(異な) | 感心な・殊勝な・変わった | 気が風変りなこと |
けに・げに(実に) | 特に・いっそう・いよいよ | 特別な気を放っていること |
けながし(氣長し) | 「日長し」日にちが経つ | 気を長くして(待つ)こと |
けなつかし(気懐かし) | 「け」は接頭語 | 気分が懐くこと |
けならぶ(氣並ぶ) | 「日並ぶ」日数を重ねる | 「並ぶ」=「強く慣らす」こと 気持ちを平静にして |
けながく(け長く) | 「け」は接頭語 原文:君が行きケ長くなりぬ〜 | ケ=気持ちを表す接頭語 |
けなげ(健気) | 頼もしい・殊勝である | 短気を起こさない=気長 |
けなるがる | 羨ましがる・退屈・空腹 | 気分が萎えること |
けだるい(気怠い) | なんとなくだるい | 気分が怠いこと |
きなが(気長) | のんびりしていて焦らないさま | 気持ちを長くする=短気でない |
きのふ(伎乃敷) | 「昨日」きのう・前日 | 「昨+日」=「きの+ふ」 はたして、「き=日」の意味なのか? |
けふ(家布) | 「今日」この日・本日 | 「今+日」=「け+ふ」 はたして、「け=日」の意味なのか? |
けぶり(煙) | 煙が立ち込める 「けむり」の古語 | 「け+ふ」=「ふ」から発するもの=煙 「ふ」は「火」のことか? |
けやすし | 「消やすし」消えやすい・はかない | 気配が安っぽいこと |
けやに | きわだつ・めだつ 「けやけし」の語幹 | 「け(気)+やか」 素晴らしく気を発すること |
けり(来り) | 「来」の連用形 | 「気」が来ること=「くる」 「気」を発すること=「蹴る」 |
景行紀 伽餓奈倍鵜 用珥波虚虚能用 比珥波苫塢伽塢 かがなべて よにはここのよ ひにはとをかを (誤) 日日並べて、夜には九夜、日には十日を (正) かがなべて、夜には九夜、日には十かを 備考:「用(よ)」=「夜」 「比(ひ)」=「日」 「伽(か)」=「?」 「かがなべて」は、本当に「日日並べて」=「幾日」なのか? |
か(処) | ひ(日) | よ(夜) |
かる 離る | ひる 昼 | よる 夜 |
かが 遠く離れた地 (加賀?) | ひび 毎日 | よよ 毎夜 |
かすがら 遠くの様子? (幽か・春日?) | ひすがら 日中 (すがら=姿?) | よすがら 夜中 |
かなた 彼方 遠くの方角・土地 | ひなた 日向 日の方角 | よなた 夜なた? 夜の方角? |
かなべ かなぶ=悲しい 遠く離れてしまったこと | ひなべ ひなべ=ひなびる 廃れた田舎の方 輝きが無いこと | よなべ 夜起きて過ごす 寝る時間の無いこと |
かがな−べて 遠く離れた地で過ごし経て | ひがな ひがな一日を過ごす | よがな 夜通し過ごす |
かなる か鳴る=がなる? 大地を踏んで音をたてること | ひなる 日なる? 日な曇り=天気のこと | よなる 世慣る=夜慣る 男女の情 |
かならぶ 処並ぶ? 大地の連なる所? | ひならぶ 日並ぶ 日を重ねる | よならぶ 夜並ぶ 夜を重ねる |
景行紀 ヤマトタケルと、火焚きの老人の歌詠み ヤマトタケルは、景行天皇に命じられ、東国の征伐に出向いた。 蝦夷を平らげた後の、帰路の旅もまた長いものであった。 「にひばり つくばをすぎて いくよかねつる」 (新治、筑波を過ぎて、幾夜も野宿をしたものだ) そう呟くヤマトタケルに、お供の火焚きの老人が返歌をした。 「かがなべて よにはここのよ ひにはとをかを」 (遠く離れた地を彷徨い、夜では九夜、昼では十処の距離を経ました) 備考:「とをか」=「十処」 「処」とは、一日で歩ける距離の単位の表す助数詞である 古代において、「距離」をはかる概念は、「歩いた日数」と同じこと 日にち数えることは、日ではなく、「夜=寝た回数」である 「ここのよ」の「よ」も、夜を数える助数詞なのだ 「よ(夜)」は、現在の意味で「1日」の区切りこと=「世・代」(区切り)に同じ 「ひ(日)」は、現在の意味で「夜」に対する「昼(日中)」のこと |
ヤマトタケル | 火焚きの老人 | 備考 |
にひばり つくばをすぎて (新治、筑波を過ぎて) | かがなべて (処処並経て) 遠く離れた地を彷徨う | 歩いた距離に関係した言葉 |
いくよかねつる (幾夜か、寝つる) | よにはここのよ (夜には九夜) 「夜」=「1日」のこと | 日数に関係した言葉 「ここのよ」の「よ」は、日数の助数詞 「九夜」=夜が九回 古代では、夜に寝た回数で1日を数えた |
ヤマトタケルは、 どれほど経過したか聞いている 古代では、時間と距離は同じ概念 | ひにはとをかを (昼では十処の距離を) 「日」=「昼」のこと | およその距離を語っている言葉 「とをか」の「か」は、距離の助数詞 1日で歩く距離=「処(か)」 とおか(十処)=十日分の歩いた距離 1日も休み無く歩いたという意味 |
古代人の1日の単位 | |
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ひる(昼) あさ(朝)〜ゆふ(夕) 1処(ひとか)=行動距離の区切り とをか(十日)=昼の行動距離の単位 |
よる(夜) ゆうべ(夕べ)〜あした(明日) 1夜(ひとよ)=1日の区切り 「ひとよ(一代・一世)」は人生の区切り |
ひとひ(1日) | ひとよ(1夜) |
よ 古代の、日数を数える助数詞は、「よ」=「ここのよ(九夜)」 「とおか(十日)」の「か」は、日を数える助数詞ではなく、 「か」=「遠い」の意味 何回かの昼の間に「行動できる距離」の単位 後に、1日を数える助数詞の意味に転じた |
わたくしは、前々から神話や伝説、または民俗学などに、いささか興味をもっていたので、 〜(略)〜上代語について、興味をもっていたわけである。 あたかも、そのころ、昭和四年の春、松岡静雄氏の「日本古語大辞典」というものが出版された。 〜(略)〜この辞典には、わたくしの興味を感じている古語が、かなり多く採りあげられているうえに、 従来の国語辞典の類に比し、その見方や説き方が、すこぶる斬新であると感じられたので、 〜(略)〜かなり長い間、この辞典を信じ、かつ鑽仰し、〜(略)〜また、当時の学界などでも、 同辞典に対する評価は、かなり高く、たとえば、平凡社発刊の「大辞典」などにも、 その説が各所に引用されたりして、相当に権威ある辞典とされていたものである。 ところが、その後、だんだん、上代語の研究を進めてゆくうちに、同辞典の独創的見解には、 多少啓発される点もあったが、その反面、その珍奇な独断に、ほとほと呆れかえるようになってしまった。 敬服すべき独創、失笑を禁じ得ない独断、これが、この辞典の、特質であることに気づき、これまで、 この辞典を鑽仰し、愛読していた自分が、まことに哀れなものに感じられてならなくなった。 この辞典の、このような妄誕・奇説が、自分を毒したように、もし、一般の若い学究などに、 誤った考えを植えつけたら、日本の国語のために、まことに憂えるべきことになる。 〜(略)〜 したがって、いいかげんな思いつきや、しいて異を樹てて、珍説・奇説を吐くがごとき態度は、 絶対に許せない。 わたくしは、一転して、同辞典に対して強い反感を抱くようになった。 かくて、わたくしは、自分自身の目で、上代語の真のすがたを、ひとつひとつ、真剣に見つめようと決心するに至った。 |
同辞典の独創的見解には、多少啓発される点もあったが、 その反面、その珍奇な独断に、ほとほと呆れかえるようになってしまった。 敬服すべき独創、失笑を禁じ得ない独断、これが、この辞典の、特質であることに気づき、これまで、この辞典を鑽仰し、愛読していた自分が、まことに哀れなものに感じられてならなくなった。 いいかげんな思いつきや、しいて異を樹てて、 珍説・奇説を吐くがごとき態度は、絶対に許せない。 わたくしは、一転して、同辞典に対して強い反感を抱くようになった。 |
けながき [日長き](連体装飾語)別れてから日が長くたつ。 万 一の六十 「暮(よひ)に会ひて朝面無(あしたおもな)み名張(なばり)にか 気長(ケなが)き妹(いも)が廬(いほり)せりけむ」 (古語辞典は「毛長き年増女」と解しているが、不思議な考え方) |
ケナガキ (氣長)妹 毛の長い女 即ち年増の意 |
なら 平ハ平(ナラ)すナリ 或ハ、朝鮮語ニテ、都、又ハ津ノ意ノ古語 なら ト云フニ起レルカ |
万葉集・4079番 美之麻野尓 可須美多奈比伎 之可須我尓 伎乃敷毛家布毛 由伎波敷里都追 三嶋野に 霞たなびき しかすがに 昨日も今日も 雪は降りつつ 備考:「伎乃敷毛家布毛」=「きのふ(昨日)もけふ(今日)も」 |