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暦の上代語を検証する


September.23.2004





かおる
今回のテーマは、「」についてだそうですが、また、
このまえみたいな奇をてらっただけの珍説はかんべんしてくださいね。
つづき
うむ。 かおる君は、
太陽が昇り、日が沈み、夜となる時を表すヤマトコトバについて、どれほど知っておるかな?
かおる
「あさ・ひる・よる」という言葉についてですか?
そうですね〜。 ちょっと語尾の音韻をそろえて考えて見ると、こんな感じでしょうか?


ひる(昼)→よる(夜)

ひすがら・ひもすがら・ひねもす・ひめもす(終日)→よすがら・よもすがら(一晩中)

きす・きそ(昨夜)→けさ(今朝)→あさ(朝)→あす(明日・翌日)→あさって(明後日)

きのふ(昨日)→けふ(今日)→ゆふ(夕)

をとつひ(一昨日)→まへのひ(前日)→このひ(今日)→あくるひ(明日)


かはたれ→たそかれ
まへのつき→このつき→あくるつき
をととし→まへのとし(さきつとし・さいつとし)→このとし→あくるとし




かおる
現代では、朝から夜を1日の単位と考えますが、
古代では、夕方から翌朝までを単位とする概念もあったようです。


ゆふへ(夕べ)→よひ(宵)→こよひ(今宵)→よは(夜半・夜中)→
あかつき(暁)→あけぼの(曙)→あさぼらけ→あした(明日・翌朝)

あかつき=あか(明)・とき(時)
あした=あ(明)・した(時)
「あけぼの」の直前を「しののめ」とも言う






かおる
現代では「昼夜」というところを、昔は「夜昼」と言い、「月日(つきひ)」とも言います。
このことからも、古代人が、夜を主体に一日を考えていたという説もあるようですね。
つづき
そうじゃろうか? 「昨日今日」という言い方があるように、
過ぎた出来事から順番に言葉にしておるだけではないのかの?
かおる
それは、なんの根拠も無い話ですね。

つづき
みると、「昼(日)=ひ」「夜=よ」「日が昇る=あ」「暮れ行く=ゆ」という語彙が感じられるのお。
このひ・こよひ」などの「」は、「此の」という意味じゃろう。
かおる
まあ、そんな風に捉えてもいいとは思いますけど。
ちなみに「」は、過去を表す助動詞で、「」は、「」と同じく「」を表したものです。


」は、「」の意味
」は、過去を表す


か=みつか(三日)=昼夜が三つの意味
き=きのふ(昨日)=「き」は過去を表す言葉=きふ(来経)
け=けふ(今日)=日ふ?
こ=こよみ(暦)←かよみ(日読み)


「けふ」=こひ(此日)の転とも
「け」=「きへ(来経/年月が経過してゆく)」の転とも (萬葉集評釈 窪田空穂 東洋堂出版)

注)今日=「こんにち」と言った場合の「こん」は呉音




かおる
このまえみたいな、「」が「彼の地」というようなことは有り得ませんので。
ちゃんとクギを刺しておかないと、本当に師匠がバカだと思われても困りますし。
つづき
いやいや、かおる君! わしは、ますます「」が「」の語彙ではないと、
改めてここで主張しておきたいぞよ!


か=か(気を感じる場所・此処)←かすが(春日)=「霞む処・かすか」と同じ
き=き(気を感じたこと)←きのふ(昨日)=き(気)+の+ふ
く=く(気を感じること)=くる(来る)=きふ(来経)と同じ意味
け=けはい(気配)←けふ(今日)=け(気)+ふ
こ=こよみ(暦)←けよみ(気読み)


「み(三日)・のふ(昨日)・ふ(今日)」の「」は、
」ではなく、「」のことではないか?!





かおる
また、師匠のトンデモ説が始まったよ〜(苦笑)。
しかたないですね。 「」が「」だという証拠をお見せしましょう。

次の例は、記紀神話の中で、東征から帰る途中の倭健命(やまとたけるのみこと)に、
御火焼之老人(みひたきのおきな)が贈った有名な歌です。



」は、「」の意味


景行紀

かがなべて にはここのよ にはとをか


日日並べて、には九夜には十日



備考:「ひ」「か」の音は、同じ「日」の語彙で使われている




ヤマトタケルと、火焚きの老人の歌詠み


ヤマトタケルは、景行天皇に命じられ、東国の征伐に出向いた。
蝦夷を平らげた後の、帰路の旅もまた長いものであった。

「にひばり つくばをすぎて いくよかねつる」
(新治、筑波を過ぎて、幾夜も野宿をしたものだ)

そう呟くヤマトタケルに、お供の火焚きの老人が返歌をした。

「かがなべて よにはここのよ ひにはとをかを」
(多くの日にちを重ね、夜では九夜、日では十日でございます)







つづき
おかしいのお? 考えてもみたまえ。 短い短歌の中で「日(ひ)」という語彙があるのに、
同じく「日(か)」という語句が必要であろうか? 否! 古代では、別々の意味じゃったはず。
かおる
そんなこと言っても、大昔から「とおか」といえば「十日」と書きますよ?

つづき
いやいやいや、おかしいではないか? 「かがなべて」は、本当に「日々並べて」なのかの?
現代において、「日々」と言うときは「ひび」とは言うが、「かが」とは言わぬぞ?
かおる
だからって、「」が「」ではないという証拠にはならないでしょう?


よなべ(夜並べ)」という語句がありますが、「かなべ(日並べ)」に対応してるじゃないですか?
ひがな一日」という語句は、「かがなべて」の痕跡とも考えられるでしょう。

いい歳して、みっともないですから、妄想はやめてくださいよ。
いくらおかしな解釈をしても、「」は、「」の上代語という事実は揺るぎませんよ(苦笑)。

例えば万葉集にも、「けなが」という語句がありますが、これは「日長」と解釈されています。
」は「か(日)」の複数名詞なのです。 「十日(とをか)」などの「」の転なんです。







なが」は、「長」の意味


万葉集・0060番

よひにあひて あしたおもなみ なばりにか
 けながくいもが いほりせりけむ

宵に逢ひて朝面無み名張にか日長く妹が廬りせりけむ



意訳:「けなが」=また逢えるまで、何日も妹は、借家に篭ってるだろう
備考:「けなが」=「日なが」=幾日も、時間が経過した



このほかにも、万葉集には、
ならぶ」=「並ぶ」
のころごろ」=「の頃頃」
ふ」=「今
のふ」=「昨
などの語句が見られる

よって、「」=「



つづき
けなが」が、「日長」という意味じゃとな?

かおる
ええ、そうです。 古語辞典を引いてもらっても、「けながし」は、「日長し」と出ています。
間違いはありません。
つづき
かおる君は、万葉集60番の「日長」が、原文では、どういう文字で綴られておるか知っておるかな?

かおる
え? どういう意味ですか?

つづき
万葉仮名では、「けなが」は、ズバリ「氣長」と書かれておるのじゃ!




なが」は、「長」と書かれていた!!


万葉集・0060番

よひにあひて あしたおもなみ なばりにか
 けながくいもが いほりせりけむ

暮相而 朝面無美 隠尓加 氣長妹之 廬利為里計武



備考:「けなが」は、「気長」であって「日長」とは書かれていない





かおる
あれあれ?

つづき
そもそも、「けなが」を、「日長」を解釈するのが妙じゃ。
出典の万葉集では、ちゃんと「氣長」と記述されておるのじゃからのお。

けながし」を、古語辞典で引けば、「日長し」と書かれておるが、
原文では「氣長」と記述されている事実は伏せられたままじゃ。

いったいどういうつもりで、国語学者は、「」を「」などと、わざわざ曲解したのじゃろうか?
現代において「三日」を「みっか」と読んでいることだけを基準に考えておりゃせんか?
はたして、古代において、「」という音に「」の漢字を当てた例がどれほどあるというのか?
本当に「」という音は、「」を表す言葉じゃったのじゃろうか?
」においては、なおさらじゃ。




本当に古代では「」の意味で、
」と発音していたのか?
」には、「」の漢字が当てられていたのに?




「けながく」は、「日長く」か?


万葉集・0060番

暮相而 朝面無美 隠尓加 氣長妹之 廬利為里計武

宵に逢ひて朝面無み名張にかけ長く妹が廬りせりけむ



意訳:「けなが」=気長に妹は、借家で待ち続けているだろう
備考:「氣長」=「気長(きなが)」=幾日も(日長)、時間が経過した意味では無い




「けならべ」は、「日並べ」か?


万葉集・0263番

馬莫疾 打莫行 氣並而 見居弖毛和我歸 志賀尓安良七國

馬ないたく 打ちてな行きそ けならべ
見ても我が行く 滋賀にあらなくに



意訳:「けならべ」=「気を慣す」=気持ち平静にして旅を続けよう
備考:「氣並」=「日並」では全然意味が通らない




「けのころごろ」は、「日の頃頃」か?


万葉集・0487番

淡海路乃 鳥篭之山有 不知哉川 氣乃己呂其侶波 戀乍裳将有

近江道の鳥篭の山なる不知哉川けのころごろは恋ひつつもあらむ



意訳:「けのころごろ」=この頃ずっと恋しい気持ちを抱いている
備考:「氣乃己呂其侶」=「此の頃頃」=「日の頃頃」の意味では無い




「けながき」は、「日長き」か?


万葉集・4127番

夜須能河波 伊牟可比太知弓
 等之乃古非 氣奈我伎古良河 都麻度比能欲曽

安の川い向ひ立ちて年の恋け長き子らが妻問の夜そ



意訳:「けながき」=一年中恋しく思いあった健気な恋人達が、逢える夜
備考:「氣奈我伎」=「健気な」=現代の気長という意味に同じ(日長では無い)





つづき
万葉集4127番のように、七夕がテーマであると思われる歌が、
けながきこら=日長き子ら」と解釈するのは、無理がありすぎるのではなからうか?
けながき」は、「気を長くして待つ」、という語彙から、
気長(きなが)に」「健気(けなげ)に」と転じたことは間違いあるまい?
天の川の対岸で、一年中恋しく思いあう、健気な恋人達」と、なぜに素直に解釈出来ぬのじゃろうか?

けなが」から派生したであろう「気長(きなが)」も、「健気(けなげ)」も、
上代の頃から使われていた「」という漢字を当てておる。
けして「」ではない。


言葉古語辞典的解釈真の意味
け(氣・日・毛)「気」=ものから発するもの(気配)
「日(け)」=日(ひ)の上代語
「毛」=皮に生えるもの
「け」=すべて「気」の派生語
発散・生える・纏うもの
「木(き)」は地面から生えるもの
けう(稀有)珍しいこと気が珍しいこと
けがれる(穢れる)不浄気が枯れること
けさ(今朝)夜の明けた朝
「けさ」=「明旦」
「明旦」=夜が明けること
「元旦」=年があけること
朝日の気が矢の様に射してきたこと
「けさ」=「気矢」
けし(怪し)異様なこと気が異様なこと
「けしき(気色・景色)」=様子
けす(消す・着す)
けつ(消つ)
けづる(削る)
「消す」=消滅させる
「着す」=服を着る
着ることは、素肌の気を消すこと
げす(解す)=毒を消す
(不安を消す=理解する)
けな(異な)感心な・殊勝な・変わった気が風変りなこと
けに・げに(実に)特に・いっそう・いよいよ特別な気を放っていること
けながし(氣長し)「日長し」日にちが経つ気を長くして(待つ)こと
けなつかし(気懐かし)「け」は接頭語気分が懐くこと
けならぶ(氣並ぶ)「日並ぶ」日数を重ねる「並ぶ」=「強く慣らす」こと
気持ちを平静にして
けながく(け長く)「け」は接頭語
原文:君が行きケ長くなりぬ〜
ケ=気持ちを表す接頭語
けなげ(健気)頼もしい・殊勝である短気を起こさない=気長
けなるがる羨ましがる・退屈・空腹気分が萎えること
けだるい(気怠い)なんとなくだるい気分が怠いこと
きなが(気長)のんびりしていて焦らないさま気持ちを長くする=短気でない
きのふ(伎乃敷)「昨日」きのう・前日「昨+日」=「きの+ふ」
はたして、「き=日」の意味なのか?
けふ(家布)「今日」この日・本日「今+日」=「け+ふ」
はたして、「け=日」の意味なのか?
けぶり(煙)煙が立ち込める
「けむり」の古語
「け+ふ」=「ふ」から発するもの=煙
「ふ」は「火」のことか?
けやすし「消やすし」消えやすい・はかない気配が安っぽいこと
けやにきわだつ・めだつ
「けやけし」の語幹
「け(気)+やか」
素晴らしく気を発すること
けり(来り)「来」の連用形「気」が来ること=「くる」
「気」を発すること=「蹴る」


古語辞典が「日長・日並」と解釈した古語の万葉仮名は「氣長・氣並」
日の意味で、「け」が使われたとされた言葉は他には無い


」=「」の上代語という解釈は、
絶対におかしい!!




つづき
ようするに、「」は、「」の意味ではない、ということじゃ。


現在、「」が、「」と考えられているのは、
氣長(けなが)」という語句の、「」を、「」の意味であると、
どこかの国語学者が、わざわざ、無理やり解釈したためであって、
それ以外に論拠は無いのではないか?

巷の研究者も、疑問に思わぬのか? まったく不思議でならん。



かおる
違います! 違います!


」という音に「」という漢字が当てられていたとしても、
それは、今の漢字の意味の「」を表すものではなく、純粋に「け」という音を表現しているに過ぎません。
万葉仮名とは、そういう表音文字なのです。 どんな漢字が使われていようと、平仮名と同じと考えるべきです。


万葉仮名の「」は、表意文字ではなく、
」の音を表す表音文字でしか無い

(け)」は、「」の意味なんです!



つづき
さらに、「日(か)」についても、該当する原文では、「」なのであって「」ではない。
日(ひ)」には、「」の漢字が当てられておるのじゃ。
ひとつのヤマトコトバの音に、適当な「数種類の漢字音」を当てるというのは解るが、
複数のヤマトコトバの音に、「一つの漢字の語彙」を当てるというのは、いかがなものか?




短い短歌の中で「ひ」「か」と、別々の音に、
共通の「日」の語彙を当てるのは妥当なのか?



景行紀

伽餓奈倍鵜 珥波虚虚能用 珥波苫塢伽


かがなべて にはここのよ にはとをか


(誤) 日日並べて、には九夜には十日


(正) かがなべて、には九夜には十か



備考:「用(よ)」=「夜」 「比(ひ)」=「日」 「伽(か)」=「?」

「かがなべて」は、本当に「日日並べて」=「幾日」なのか?






後世、「伽(か)」に「日」という漢字を当てて訳し、
「日(ひ)」を、「日(か)」と、呼ばせしめた張本人は、いったい誰なのか?


」に、「(ひ)」の語彙は、
もともと無かったのだ!





つづき
以下に、真の言葉の対応表を、掲げておこう。 
かがなべて」は、けして「日日並べて」ではないということが解るじゃろう。




「か」は、場所を表す「処」ではなかったか?

か(処)ひ(日)よ(夜)
かる

離る
ひる

よる

かが

遠く離れた地 (加賀?)
ひび

毎日
よよ

毎夜
かすがら

遠くの様子? (幽か・春日?)
ひすがら

日中 (すがら=姿?)
よすがら

夜中
かなた

彼方
遠くの方角・土地
ひなた

日向
日の方角
よなた

夜なた?
夜の方角?
かなべ

かなぶ=悲しい
遠く離れてしまったこと
ひなべ

ひなべ=ひなびる
廃れた田舎の方
輝きが無いこと
よなべ

夜起きて過ごす
寝る時間の無いこと
かがな−べて

遠く離れた地で過ごし経て
ひがな

ひがな一日を過ごす
よがな

夜通し過ごす
かなる

か鳴る=がなる?
大地を踏んで音をたてること
ひなる

日なる?
日な曇り=天気のこと
よなる

世慣る=夜慣る
男女の情
かならぶ

処並ぶ?
大地の連なる所?
ひならぶ

日並ぶ
日を重ねる
よならぶ

夜並ぶ
夜を重ねる



「かがなべて」を「日日並べて」と解釈するのは、
他の古語との整合性を無視した愚行だ!





「かがなべて」=「遠く離れた地で過ごし経て」

「遠く離れた地を彷徨う」こと

「国々を平定して」
かがなべて」に関する追記:参考コラム



景行紀
ヤマトタケルと、火焚きの老人の歌詠み


ヤマトタケルは、景行天皇に命じられ、東国の征伐に出向いた。
蝦夷を平らげた後の、帰路の旅もまた長いものであった。

「にひばり つくばをすぎて いくよかねつる」
(新治、筑波を過ぎて、幾夜も野宿をしたものだ)

そう呟くヤマトタケルに、お供の火焚きの老人が返歌をした。

かがなべて よにはここのよ ひにはとをかを」
(遠く離れた地を彷徨い、夜では九夜、昼では十処の距離を経ました)



備考:「とをか」=「十処」
「処」とは、一日で歩ける距離の単位の表す助数詞である
古代において、「距離」をはかる概念は、「歩いた日数」と同じこと
日にち数えることは、日ではなく、「夜=寝た回数」である
「ここのよ」の「よ」も、夜を数える助数詞なのだ

「よ(夜)」は、現在の意味で「1日」の区切りこと=「世・代」(区切り)に同じ
「ひ(日)」は、現在の意味で「夜」に対する「昼(日中)」のこと




ヤマトタケル火焚きの老人備考
にひばり つくばをすぎて
(新治、筑波を過ぎて)
かがなべて
(処処並経て)

遠く離れた地を彷徨う
歩いた距離に関係した言葉
いくよかねつる
(幾夜か、寝つる)
よにはここのよ
(夜には九夜)

「夜」=「1日」のこと
日数に関係した言葉

「ここのよ」の「よ」は、日数の助数詞
「九夜」=夜が九回
古代では、夜に寝た回数で1日を数えた
ヤマトタケルは、
どれほど経過したか聞いている
古代では、時間と距離は同じ概念
ひにはとをかを
(昼では十処の距離を)

「日」=「昼」のこと
およその距離を語っている言葉

「とをか」の「か」は、距離の助数詞
1日で歩く距離=「処(か)」
とおか(十処)=十日分の歩いた距離
1日も休み無く歩いたという意味


「かがなべて=日日並べて=幾日も過ぎ」という解釈では、
東征の帰りで疲れ果てたヤマトタケルに、火焚きの老人は、

「毎日、10日で9回寝ましたじゃ」

と、返答した事になり、移動距離は、どうでもいいことになる。
これでは、まるでボケ老人だ。
ヤマトタケルも怒るだろう。
旅の道中の会話としては成り立たないのは明らか。






つづき
ヤマトタケルは、移動した距離と夜数(日数)の話をしておるのじゃから、
返歌も、移動した距離と夜数(日数)に関係したものと見るべきじゃ。


多くの日にちを重ね、夜は九夜、日では十日」では、意味が通らぬ!
歩き連ねた土地は、夜では九夜、日では十処の距離」と解釈したほうがしっくりくるじゃろう。


やがて、漢字が、日本語として使いこなされるようになると、
とをか」の「」に、「」という漢字が当てられてしまったのじゃろう。
」は、1日単位の助数詞じゃから、「」を当てても、おかしくはないわけじゃ。
そして「か=処=助数詞」の意味は失われ、「」の意味だけが残ってしもうた。


しかし、だからといって、「かかなべて=日日並べて=幾日」などと解釈してはならんのじゃ。
」には、「かのち=遠くの地」という距離の概念が含まれておるわけじゃからな。





古代人の1日の単位
ひる(昼)

あさ(朝)〜ゆふ(夕)

1処(ひとか)=行動距離の区切り
とをか(十日)=昼の行動距離の単位
よる(夜)

ゆうべ(夕べ)〜あした(明日)

1夜(ひとよ)=1日の区切り
「ひとよ(一代・一世)」は人生の区切り
ひとひ(1日)ひとよ(1夜)


古代の、日数を数える助数詞は、「よ」=「ここのよ(九夜)」
「とおか(十日)」の「か」は、日を数える助数詞ではなく、
「か」=「遠い」の意味
何回かの昼の間に「行動できる距離」の単位
後に、1日を数える助数詞の意味に転じた

「夜」=甲類の「よ」
「世・代」=乙類の「よ」




かおる
うひゃ〜。
このネタは、マジだったんですかぁ〜??
つづき
古語の研究は、今一度、ふりだしから再考する必要があるのではなからうか?

かおる
そう思うのは、師匠が、古典について「ド素人」だからです。 ネタにしても、考えが浅はかすぎます。
古語の研究は、江戸時代の昔から、何百年も研究が受け継がれて体系化されてきた学問なんです。
つづき
ふむ。 ということはつまり、現代の古典の解釈には、絶対に間違いはありえぬという訳じゃな?

かおる
もちろんですとも。 古語辞典に書き定められていることは、すべて真実なのです。
真摯に、解説文を受け入れ、疑いを持つことなく学び、きちんと踏襲するべきなのです。
つづき
それでは、まるで、宗教のようではないか?

かおる
それは、暴言でしょ〜!

つづき
古語の研究が江戸時代から続いていたとしても、
飛躍的に研究が進んだのは近代になってからなのじゃ。
ク語法は、明治5年刊「日本語文典」で示したイギリス人のアストンによってじゃ。
奈良時代以前の万葉仮名の、甲乙2種類の仮名遣いの違いを明確に示したのは、
大正6年、橋本進吉博士によってじゃった。
このほかにも、日本語のアクセントに注目した金田一京助氏は、
言葉の語源を探る上で、有益な研究を残しておる。

ようするに、古語の研究が進んだのは、ごく最近のこと。
まだまだ発展中と言ってもよかろう。

じゃが、いつの世でも、主流となった国語研究者学派に対しては、皆は右に習えで、
たとえ間違いがあったとしても、異を唱えることは難しいことであろう。

かおる
そこまで、学界は閉塞的じゃないでしょう?
仮にそうだとしても、普通の研究者は、心に思っててもブツクサ言わないでしょう。
つづき
ほんの数十年前は、いろいろあったようじゃよ。
たとえば、昭和42年発刊の、ある辞典の「まえがき」には、このようにあるな。



昭和42年発刊の、ある辞典の「まえがき」抜粋


 わたくしは、前々から神話や伝説、または民俗学などに、いささか興味をもっていたので、 〜(略)〜上代語について、興味をもっていたわけである。
 あたかも、そのころ、昭和四年の春、松岡静雄氏の「日本古語大辞典」というものが出版された。  〜(略)〜この辞典には、わたくしの興味を感じている古語が、かなり多く採りあげられているうえに、 従来の国語辞典の類に比し、その見方や説き方が、すこぶる斬新であると感じられたので、 〜(略)〜かなり長い間、この辞典を信じ、かつ鑽仰し、〜(略)〜また、当時の学界などでも、 同辞典に対する評価は、かなり高く、たとえば、平凡社発刊の「大辞典」などにも、 その説が各所に引用されたりして、相当に権威ある辞典とされていたものである。

 ところが、その後、だんだん、上代語の研究を進めてゆくうちに、同辞典の独創的見解には、 多少啓発される点もあったが、その反面、その珍奇な独断に、ほとほと呆れかえるようになってしまった。  敬服すべき独創、失笑を禁じ得ない独断、これが、この辞典の、特質であることに気づき、これまで、 この辞典を鑽仰し、愛読していた自分が、まことに哀れなものに感じられてならなくなった。  この辞典の、このような妄誕・奇説が、自分を毒したように、もし、一般の若い学究などに、 誤った考えを植えつけたら、日本の国語のために、まことに憂えるべきことになる。
〜(略)〜
 したがって、いいかげんな思いつきや、しいて異を樹てて、珍説・奇説を吐くがごとき態度は、 絶対に許せない。 わたくしは、一転して、同辞典に対して強い反感を抱くようになった。

 かくて、わたくしは、自分自身の目で、上代語の真のすがたを、ひとつひとつ、真剣に見つめようと決心するに至った。





かおる
う〜む。 なんだか、普段の師匠の口癖にソックリというか、辞典のまえがきとは思えないというか、
他の辞典を批判したりとか、このへんのくだりなんか、すごい恨み節ですね〜。



 同辞典の独創的見解には、多少啓発される点もあったが、 その反面、その珍奇な独断に、ほとほと呆れかえるようになってしまった。  敬服すべき独創、失笑を禁じ得ない独断、これが、この辞典の、特質であることに気づき、これまで、この辞典を鑽仰し、愛読していた自分が、まことに哀れなものに感じられてならなくなった。
 いいかげんな思いつきや、しいて異を樹てて、
珍説・奇説を吐くがごとき態度は、絶対に許せない。
 わたくしは、一転して、同辞典に対して強い反感を抱くようになった。





かおる
言葉の端々から、「日本古語大辞典」への、筆者の忸怩たる思いや怒りが伝わってくるような。
珍説ネタを、マジで信じて騙されてしまったことが、相当悔しかったみたいですね?

この日本不思議百景を読んでた人も、いまごろこんな感想を抱いているのではないでしょうか?

つづき
余計なお世話じゃ!
それより、この辞典じゃが、中身も、わりと私情をはさんだような解説が見受けられるぞよ。
先ほどの「けなが」の語句の説明は、こんな風じゃ。



けながき

[日長き](連体装飾語)別れてから日が長くたつ。

万 一の六十
「暮(よひ)に会ひて朝面無(あしたおもな)み名張(なばり)にか
気長(ケなが)き妹(いも)が廬(いほり)せりけむ」

(古語辞典は「毛長き年増女」と解しているが、不思議な考え方)





かおる
不思議な考え方」とは、同時期の他の古語辞典を揶揄してるんですね……?
ちょっと昔までは「毛長」と解釈していた古語辞典もあったということでしょうか?
つづき
わざわざいちゃもんをつけておることから、「まえがき」との関連で、
この著者が言うところの古語辞典とは、「日本古語大辞典」のことじゃろう。
かおる
でも、「日本古語大辞典」は、初の古語集大成とも言える、
古語研究者の間でも参考文献を超えた貴重なお宝のような本ですよね?
つづき
なれど、実際に、「日本古語大辞典」で「けなが」を引くと、次のような有様じゃ。



昭和4年発刊 日本古語大辞典より


ケナガキ

(氣長)妹 毛の長い女 即ち年増の意






かおる
うわあ。 本当に「毛長き」って載ってたんですね?

つづき
つまり、「けなが」についても、昭和の初めの頃までは、「」という統一見解が無く、
編纂者の考え方に偏りがあり、まだまだ混沌としていたということじゃ。

その後、昭和35年発刊の「古語辞典 (旺文社)」を見ると、すでに「けながし=日数が多い」と記載され、
現在までの古語辞典は、すべて「けなが」を「日長」と紹介しておるな。

かおる
昔は、研究者が、それぞれ独自に古語をまとめ、辞典として出版していて、
古語辞典の数だけ解釈がまちまちだったということでしょうか?
つづき
古語辞典の中にはトンデモもあったことじゃろうが、それは批判され淘汰されたじゃろう。
比較的しっかりした辞典は、後の研究者たちに一目置かれる資料となり、
他の古語辞典の記述に影響を与え、いつのまにやら一般的解釈として定着してしもうたわけじゃ。

さきほど「まえがき」を紹介した、「上代語辞典」も、その一つじゃろう。

かおる
ええ〜?? その本って、上代語研究家にとっては、まさにバイブルと呼べる辞典じゃないですか!?
同じく名著と言われる「日本古語大辞典」を、まえがきで揶揄してたなんて!
つづき
”毛長き年増女”という解釈は不思議」と揶揄されたたように、
日本古語大辞典」は、古語の研究が進む中で、
次第に学界から批判に晒されるようになったのであろう。
そのような状況が、「上代語辞典」など、後の辞典に影響を及ぼしたことは、想像に難くない。
独創的で、うかつな解釈は命取りになることじゃったろうて。

たとえば「奈良」の語源にしても、「日本古語大辞典」では、
踏み均すの意味ではなく、韓語の”国”の意」というような解釈をとっておった。


かおる
あっちゃ〜。 それは痛いですね〜。 今だったらデンパ辞典決定ですね。

つづき
大正・昭和の始めの頃は、そのような解釈は普通にまかり通っていたのであろう。
昭和9年発刊の「大言海」でも、「奈良」で引けば、次のような記載が見られるのじゃ。



昭和9年発刊 大言海(ニ)より


なら

平ハ平(ナラ)すナリ
或ハ、朝鮮語ニテ、都、又ハ津ノ意ノ古語 なら ト云フニ起レルカ






つづき
というわけで「奈良=韓国語のナラ(国)説」は、最近の韓国人学者が言い出す以前から存在し、
古くから辞典にも記載されてあった説なのじゃな。
今ではキッチリ否定されておるがの。
わしも「奈良=ならす(平・均す・慣れる・習う)」の語義で良いと思う。

しかし、否定されたのは、過去半世紀ばかりの間ということじゃ。
なんらかの政治的意図も、まったく無いとは言えぬじゃろうて。

このように、辞典に書かれた事柄でも、研究の進み方、時代によって変わる物じゃ。
辞典の内容においても、すべてが、真実と言えるものではないじゃろう。
上代語辞典の著者も、まえがきで愚痴っていたように、古語の解釈を検証・批判し合うことも、
古語の研究発展に寄与するのではなかろうか?

かおる
とはいっても、いまさら「か・けなが」が、「日・日長」ではないかも? とか、吹聴したところで、
誰も耳を貸さないと思いますよ? 所詮トンデモとしか見られないでしょう。
つづき
問題はそこにあるのじゃ。 すでに学界では、辞典に記載された古語のすべての解釈は真実として、
解釈を見直し、考え改めるという作業は行われていないのでは無いか?

解釈を考え改めようとしても、「か・け≠日」の場合、古語全体の体系までも少なからず見直すことになるために、
他の語句の解釈にも影響を与えることになるじゃろう。

混乱を避けるためにも、「か・け」が「日」では無かったなどと、認めることは絶対に出来ぬじゃろうて。

たとえ「おかしい」と、感じた研究者がいても、沈黙を決め込むしかないであろうな。

すでに、学界による古語の研究は終了したと言っても過言ではないのではないか?



かおる
学界を批判するより、「日本古語大辞典」や、「上代語辞典」をネタにしてるあたりでもう、
古語愛好家や、故事・古典文学・万葉集ファンから、大ヒンシュクではないでしょうか?

ましてや、有名な「かがなべて(日日並べて)〜」という、
国民的大ヒーローのヤマトタケルに関する歌の解釈を、
ひっくりかえそうなんて、正気とは思えません。
師匠の説が、支持される可能性は、限りなくゼロでしょう。
逆に、信じた人が出てきたら、こっちが驚いてしまいますよ。

いやいや、ネタがハイブロゥすぎて誰もついてこれないかな?

つづき
ふぉっふぉっふぉっふぉ。 かまわぬかまわぬ。 今の古語辞典の解釈すべてが、
けして数百年も前から確定した見解ばかりではない、という事実だけでも伝えられればよい。
かおる
たしかに、まだまだ、語源のわからない語句は多いですからね。
在野では、古語のいろんなトンデモ解釈も生まれてますし。 でも、師匠はマシな方だと思いますよ。
つづき
ん?

かおる
とかく、研究者というのは、マトモな人もトンデモな人も、自説はとことん主張し、
自分の研究結果と違う解釈をする人を批判して、ことさら攻撃的になる傾向が強いようです。
つづき
うむ。 わしも気をつけねばならんなあ。 自戒するとしよう。

かおる
そこはそこ、僕という、ツッコミ役がいることだし。

つづき
いつもすまないねえ。

かおる
ところで、話は戻りますが、「」の語源が「」だとして、
けふ(今日)」は、どういう意味になるのでしょうね?
つづき
今日=けふ=気日」とは、ずばり、「今の太陽の気配=天気・陽気」を気にする言葉じゃな。
こんにちは」とは、文字通り「太陽のご機嫌」を伺うという意味なのじゃ。


三日=「みつ」=三つ処=一日で歩ける距離を表す助数詞
昨日=「」=気の日=昨日の太陽の様子のこと
暮る=「る」=気る=宵闇の気配が来る
今日=「」=気日=今日の太陽の気配・ご機嫌のこと (上代語辞典では、「此日」の転とも)
暦=「よみ」=気読み=世界の気の状態を読むこと
日柄=「がら」=日から=天気の様子から起こりそうなこと


」の語源は「気(処)」(処=土地=多くの気の存在を示唆)
」の語源は「(け)」の完了形(過去形)
」の語源は「」(気配が動く=日が暮れる)
」の語源は「
」の語源は「(け)」の転
」の語源は「(ひ)」




かおる
いや〜、それは、いくらなんでもトンデモですよ〜。
それに、さっきから意図的に「き・け・こ」の甲類乙類の区別を無視してませんか〜?





万葉集・4079番

美之麻野尓 可須美多奈比伎 之可須我尓
伎乃敷毛家布毛 由伎波敷里都追

三嶋野に 霞たなびき しかすがに 昨日も今日も 雪は降りつつ



備考:「伎乃敷毛家布毛」=「きのふ(昨日)もけふ(今日)も」



き(気)=紀
ひ(日)=比
けふ(今日)=家布
きのふ(昨日)=伎乃敷
こよみ(暦)=古与美

甲類=伎(き)・家(け)・古(こ)・比(ひ)=(ひ)
乙類=木(き)・毛(け)・火(ひ)・紀(き)=(き)
区別無し=布(ふ)・敷(ふ)・毛(も)・伽(か)
(古事記では、毛(も)=甲類、母(も)=乙類)
(暮れる=晩)


やっぱり、「今日・昨日・暦」の「」は、「」ではなく、
(ひ)」に属する言葉なんじゃないの?
(甲類・乙類を、語彙についても、区別するなら)






つづき
そうかの? イイ線いってると思うがのお。 ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ。

かおる
師匠のトンデモ説も、ちょっと、ツメが甘いですねえ〜。
あはははははははははははは。
つづき
いやいや、手厳しいのお。
ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ。
かおる
あはははははははははははははははは。

つづき
ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ。















参考文献

日本古語大辞典 松岡静雄 刀江書院 昭和4年発刊
大言海(ニ) 大槻文彦 富山房 昭和9年発刊
古語辞典 旺文社 昭和35年発刊
上代語辞典 丸山林平 明治書院 昭和42年発刊
萬葉集 鶴久 森山隆 桜楓社 昭和47年発刊
萬葉集評釈 窪田空穂 東洋堂出版 昭和60年発刊




付録・年表




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