彼女はフーマ兵との銃撃戦に備えて、やるべきことを反芻した。
倉庫のような空間では上方の敵も想定しなくてはならない。
突入後、すぐに上からの攻撃からも身を守れる場所を探す必要がある。

アニーは射撃には絶対の自信を持っていた。
敵が応戦を始めるまでの数秒に大半をしとめることができるだろう。

ドアに手をかける。
今度は自分でもわかるほど、どきんと大きく胸が鳴った。
彼女は息を吸い込んでドアを開け放つ。

「…!」

そこにフーマ兵の姿はなかった。

アニーは周囲に銃を振り向けた。
銃のセンサーパネルはおびただしい数の生命反応の存在を告げている。
だが、アニーの目の前に広がっているのは何もない空き倉庫だけだった。
ところどころ入り口と同様ゼリー状の物質で汚れている以外
注意をひく物はなく、敵が隠れられそうな場所もない。

アニーはなおも慎重に倉庫の中央へ歩を進めた。
敵の姿は見えないのにセンサーパネルの明滅は一層激しさを増している。

訓練では体験したことのない状況だ。彼女は混乱した。
センサーの誤動作なのだろうか?
生命反応を示す緑色の点も、ヒト型ではなくペンキを撒いたように壁一面に広がっている。
アニーは銃を下ろした。

その時。

ずりゅっ…。
ずびゅりゅりゅっ…。

何かネバネバした液体が立てる音が聞こえてきた。

やはり何かいる…!
アニーは音の出どころを求めて辺りを見回す。
だがその音は倉庫の壁全体から聞こえてくるようだった。
音は次第に大きくなっていく。

ずりゅびゅりゅずちゃりゅずりゅびゅりゅ…。
びゅずりゅずちゅちゅびゅちゃりゅりゅにゅりゅびゅりゅ…。

溶けたナメクジをポンプで押し流すような不快な、
それでいてどこか淫らな響きを含んだ音がアニーを取り囲んだ。
彼女は思わず身を固くする。

「あ…ああ…」
姿の見えない相手に、アニーは何もない壁を
見回しながら焦りのあえぎ声をもらした。

ゴゴゴゴゴゴ。

アニーの足に床下からの振動が伝わってくる。
彼女は思わず足元を見た。
下に向けた銃のセンサーパネルはグリーンの光で満たされている。
センサーは床の下にも生命体がいることを報せているのだ。
やがてセンサーの中の光は一本の帯に収束していった。

べろぶりゅべりょぶちゅちゅぶりゅりゅ…。

アニーが立っている床を巨大な舌が裏側から舐めているような気配がする。

「うっ…」
アニーは本能的にうめき声を上げ、その場で身じろいだ。
舐めるような感触は床全体から伝わってくる。

振動は次第に大きくなり、倉庫に放置された
廃材がガタガタと打ち鳴らされ始めた。

バキッ!

床下を蠢く何かに押されて床板の一部がめくれ上がった。
板がめくれた部分からはゼリー状の物質があふれて出している。

バスン!バスン!

床の下の何かは恐竜の尾ほどの大きさがあるらしい。
それが鞭のように打ちつけられる度に床板がはがれそうになり
そこから緑色のゼリーがあふれる。
想定外の事態だったが、アニーは冷静を取り戻すように努め銃を構えた。

バキバキバキバキバキッ!!

ついに床板がはがれ、5m近い深緑色の粘液の塔がアニーの前にそびえたった。
床にあふれたゼリーが意思があるように動いて塔の壁面を登り一体化していく。

アニーが構えた銃のパネルの中では緑色の塔と同じ形の輝点の群れが動いていた。
倉庫の壁の裏や床下に潜んでいたアメーバ状の生命体が巨大なミミズの形に凝結したらしい。

そびえ立つアメーバはしばらく興味深そうにアニーを眺めたあと
いったん大きくのけぞり、猛烈な勢いで彼女の方に触手をのばした。