<3>
御世辞にも美味いとは言えない霊薬を、二人でそろって飲み干す。
躰が火照りだしたのは、それから五分も経たないうちだった。斗貴子さんも同じ症状が現れたらしく、額に右手の甲を当てて、軽く目を閉じていた。
「効いてきたな……。絨毯の上へ。キミは……スラックスと下着を脱いでくれ」
「あ、うん」
俺は言われるまま、靴下ごと靴を脱いで上がり、素足で絨毯が毛長なことを感じながら、ベルトに手を掛けた。
「って、あれ? 斗貴子さんは脱がないの」
この場の主導権を握る人物は、靴を脱いだだけだった。あとはいつも通り、袖口や襟元などに白い十字架をプリントしたセーラー服を着ている。黒いソックスも履いたままだ。
「この"儀式"においては、あとでショーツを脱ぐ以外、私が服を脱ぐ必要性は無い。カズキ……そんなに私のハダカを見たいのか?」
「いえ、あの、その……」
怒ると言うよりも、拗ねた口調の斗貴子さんに背を向けて、俺は脱衣を続ける。頭の中では、誰かが「斗貴子さんは脱がないなんて、不公平だー!」と叫んでいる。胸が――俺の心臓はぶっ壊れたままのはずだけど――あさましく高鳴っているのを気取られたくなくて、極力ゆっくりと指を動かした。
腰から下は全部脱いだ俺が、流石に前は両手で隠しつつ向き直ると、斗貴子さんは目のやり場に困る様子だった。
「こういうこと、エレガントに出来なくてゴメン」
「あのな……。優雅に出来る奴は、いないと思うぞ。 次だ……」
とっさに飛ばした冗談が功を奏し、彼女は"儀式"を続ける気になってくれた。動きは硬いものの、静々と近寄って来たと思うと、俺の目の前で両膝を着いた。
「え? え? 斗貴子さん?」
「まずウロボロスの……」
また少し錬金術の講義が行われたが、申し訳ないことに、俺にはやっぱりチンプンカンプンであった。理解できたのは、最後の部分だけ。
「故に私は、なるべく空気を混ぜないように、キミの精液を飲まなければならない」
ええっ! それって所謂"フェラチオ"だよね♪
……否、否、否! こら俺、なに喜んでんだよ! 初体験の始まりがそれなんて、斗貴子さん辛過ぎるんじゃ……。
「これじゃ出来ないだろ。手を退けてくれ」
「あっ、でも、恥ずかしくって」
「私はもっと恥ずかしいんだ!!」
叫ばれ、睨まれ、叱られて、俺は慌てて股関を隠す両手をどけた。
「ひぅ……」
斗貴子さん、ごめんなさい。心と体は別物なんです。
慎ましく振舞わんと欲する俺の本心を完璧無視して、脚と脚の間に存在する器官は、先刻からはちきれんばかりに直立している。
いきなり"毛の生えたアフリカゾウ"と対面してしまった斗貴子さんは、暫く沈黙した後、漸く声を絞り出した。どんなホムンクルスと対峙しても臆さない彼女が、やや青ざめ、声を掠れさせてしまっていた。
「カッ、カズキ……。キミの……太過ぎやしないか……」
「そっ、そうかな? 普通だと思うけど……」
「ドーピングしてないか?」
「…………どうやって?」
それは、お互いに"初めて"のせいで、些か頓珍漢な遣り取りだったと思う。
「とっ、とにかく!始めるぞ」
すーはー、すーはーと深呼吸を繰り返した後、決意の色も露に、斗貴子さんは口を開いた。薬の影響なのか、化粧気なんてないはずの斗貴子さんが、ルージュを引いたように見えた。
半開きの紅唇が、脈打つ亀頭へゆっくり近づく。
「……ンッ……」
ギュッと目をつむった斗貴子さんの思わず漏らすは、緊張の声。麗人の吐息が、俺の最も敏感な皮膚に当たってこそばゆかった。
唇はいよいよ接近して、心持ち開きかたを大きく……、
「ぅ……」
まさに、俺の本能が汚れ無き口に含まれようとした時、斗貴子さんは躊躇うように、少し身を引いてしまった。
「大丈夫?」
あさましい俺は無意識で、問いかけに失意を塗してしまったようだ。それを斗貴子さんは、催促と取ったらしい。
「こっ、このくらいのこと!」
奮起の言葉で加速し、さっきよりずっと早いペースで、斗貴子さんのオクチが俺に迫る。
――嗚呼! 脈打つ象の鼻先に、可憐な唇が触れた!
奇妙な感動を覚える俺をよそに、斗貴子さんは更に肉棒を飲み込もうとする。そして……
「痛ぅううーーっ!!!」
「ン……ええっ?!」
いっ、いま、「ゾリッ」って、いったぁ〜!!!
「え? え? え?」
何が起きたのか分からず、咥えたばかりのモノを吐き出した斗貴子さんは、ひたすら疑問符を点灯させている。
説明しなきゃと思うけど、いま俺、痛くて声出ないっす。
「あううううっ!!!」
調子に乗っていたから罰が当たったんだ。
健康な白い歯で鉋をかけられた(?)大事な亀さんを押さえる、かなりみっともない格好の俺。
「ひょっとして、噛んでしまったか?」
「いや、あの、歯が当たっただけだから」
引き攣りまくった俺の作り笑いが、かえって斗貴子さんを責める。
「すまない。痛かった……のだな」
「ほんと大丈夫だから」
膝立ちのまま、斗貴子さんは心配そうに見上げている。
――捨てられた子猫みたいだ。やばい……な……。
吸い込まれそうなほど澄んだ瞳を見つめ返していて、憶えてしまった感情に、自分でも驚いた。
――斗貴子さんを思い通りにしたい……って、おい! 俺はそういうキャラじゃないだろ!
斗貴子さんの瞳に曇りはない。一点の曇りもないから、少しだけ俺の色を付けてみたくなる。
「斗貴子さん」
さんざん迷った後、語りかけた。
彼女が、我が邪悪な胸の内に、気が付くはずもない。
「どうした」
「俺大丈夫だから"儀式"続けようよ。ただ……」
「ただ?」
「先ず俺のコレ全体が濡れてたほうが、今みたいな事故(?)が起こらないと思うんだ。だから、その……口に含む前に、舌でしてくれないかな?」
「……! アッ、アイスキャンディみたいに舐めろというのか!」
俺の言わんとすることを理解した途端、とんでもないと首を振る斗貴子さん。
「駄目?」
「当たり前だ! カズキ。キミは勘違いしてないか! これはあくまで……」
「あくまで"結合の儀"だよね」
台詞を途中で掠めた俺を、斗貴子さんは胡散臭そうに眺める。でも、俺は敢えて気付かないフリをする。
嗚呼、俺ってば、何考えてんだ!
「それは勿論、重々承知。けど俺、コレが傷だらけになっちゃうと、出すどころじゃなくなるから。始めた以上、俺も"儀式"を成功させたいよ♪」
尚も、疑惑の眼差しを向ける斗貴子さんであったが、"儀式"という単語に彼女が動揺しているのは明らかだった。
「そこで歯を光らせるな!」
「え? 別に光ってはないけど。一昔前のヒーローじゃあるまいし」
「ヒーローに憧れてなければ、そういう髪型にはしない!」
俺の髪型って、それっぽく見えるのかな? 否、話が脱線してしまった。
「斗貴子さん。俺、真剣だから」
「その言葉に、偽りは無いな?」
「モチロン♪」
何について真剣なのかを問い詰められたら危ないところだったが、とうとう斗貴子さんは、俺の口車に乗ってしまった。躰を火照らせ、頭を「ボーッ」とさせる霊薬のせいで、判断力が低下していたのだろう。
「よっ、よし分かった。キミを信じるぞ」
「うん♪」
――前略、閻魔大王様。嘘吐きな俺の舌を、引き抜かないで下さいませ!
再び目前に曝け出された、俺のムスコ。歯で窘められたため、意気消沈していたそれを、難しい表情で眺めてから、斗貴子さんは口を開いた。
震える舌先を突き出す。
「ひゃふ!」
優しくされた途端、元気百倍化したムスコが首をもたげたのに驚いて、羹に触れでもしたように斗貴子さんは舌を引っ込めてしまった。それでも、目を瞑り再び舌を差し伸べて、肉亀の頭を撫でようとするのが、真面目な斗貴子さんらしい。でも、
「あの斗貴子さん」
「どうした?」
怪訝そうに口を離した彼女へ、俺は言った。
「瞬きするのは当然としても、なるべく、目を瞑りっ放しにしないで貰えないかな」
「え……」
「目隠し状態だと、やっば怖くて」
精一杯に申し訳なさそうな顔をしながら俺は、つい悪辣な台詞を吐いてしまった。
期待通り、美女の困った顔を拝む。
以外だったのは、その次だ。斗貴子さんは、当然のように頷いたんだ。
「噛んでしまったからな。君が不安なのは分かる」
うぅ、良心が咎める。
――前略、閻魔大王様。(以下略)
「ン……ン……」
上品なピンク色の舌が、脈打つムスコを宥めていく。
肉槍の先端を、チョンチョンと舌でつついた麗人は、少しずつ、一度に舐める面積を増やしていった。
さっと一筋、亀頭に唾の跡を残す。
また先端に戻り、尿道口から出てくる物がないか確かめると、亀の顎を愛しむように、ムスコの裏側へ舐め伝って行った。
傘の端に辿り着くても舌は離さず、そのまま傘裏を伝って窪んだ裏筋まで行き、そこを舐め戻る。
「……ン……ンンッ……ん……ぅん……」
ふと、俺が凝視しているのに気付いた斗貴子さんは、慌てて視線を逸らせた。彼女の頬は、更なる薔薇色に染まっていく。
「ぅく……ん……ん……」
斗貴子さんの喉は、何度も苦しげに「クキュッ」と鳴いた。乾いた喉が、唾を飲み込めずに鳴く音。
「サキッポだけじゃなくて、根元の方まで頼みたいんだけど」
偉そうに指示する俺に対して、亀頭表面を時計回りに舐め回していた斗貴子さんは、律義に頷いた。しかし、直ちには作業を移行せず、普段からは考えられぬほど弱々しい声で、俺の行いを非難する。
「カズキ……。そんなにジロジロ見ないでくれ」
「どうして?」
「どうしてって!」
なにやら斗貴子さんは、居心地悪そうに太股を、もぞもぞと擦り合わせている。彼女の武装錬金"バルキリー・スカート"は、太股に装着する構造だ。このため、斗貴子さんが穿くスカートは短い。
剥き出しになっている太股の白さが、俺には眩しい。
「気になるとしたら、霊薬のせいじゃないかな? 俺は普段から、斗貴子さんのこと見てるもの」
「……バカ……」
これ以上問答しても埒はあかないと判断したらしく斗貴子さんは、俺の股間での"儀式"を再開した。観念したようにピンク色の舌を、赤黒い肉竿に這わせる。
――ううっ! きちんと洗っといて良かったぁ!
内心で、阿呆なガッツポーズをする俺。
ごめんなさい、斗貴子さん。貴女は、とんでもない苦行をしてるのに。
「ん……にゅっ……にゅうっ……」
相手の邪心に気付かず、麗しの君は、ひたすら舌を動かし続ける。まるで仔猫がミルクを舐めるような、その仕草……。
「ぅん……んぅんん……」
濡らし残す場所の無いよう、柔らかな桃色が丹念に唾を塗っていく。一舐め毎に、俺の背筋を駆け上がる電気が生まれる。
「斗貴子さん、辛くない?」
「んっ……んふぅ……。へんな味だけど……大丈夫だ……」
甘美な刺激と罪悪感に責められて、思わず尋ねた俺に斗貴子さんは、ずれた返事をした。
……ひょっとして斗貴子さん、俺のムスコを味わい始めているの? だったら嬉しいぞ!
「どんな風に、へんなの?」
「……ん……ん……んひゅっ……えっち……んん……」
俺のスケベ心を非難しながら、斗貴子さんは舌を止めようとはしなかった。何かに憑かれたように、舌を動かし続ける。この言い方が許されるなら、俺のムスコを美味しそうにペロペロしてる!
そのくせ斗貴子さんは、俺と視線を合わせようとはしなかった。あらぬほうに視線を向けて、頬を薔薇色に染めている。
……この光景には、百億円の価値があろう!
Back……NEXT