Chapter2



奇妙な積荷


運搬船特有の広めの通路は拍子抜けがするほどノーマルだった。無機質な金属にかたどられて空間は整理され、降り積もった埃を除けばまるで時の流れを感じさせないほどきちんと片付けられていた。
感心していると、突然、背後で「ゴー」という音がした。振り向くと、艦橋からの通路の扉が閉まる音だった。わたしは気を取り直して通路を進むことにした。


センサーが働いたのだろう、3分の1ほど進むと暗くなっていた通路の先のほうにも明かりが付いた。そして、わたしの目当ての「積荷」が姿を現した。



「クライオカプセル・・・」


高さが3メートルほどもある円筒形の筒が通路の片側に規則正しく並んでいる。
囚人を冷凍させ、流刑地に送り届けるまで拘束するためのシステムだ。
解凍されない限り、囚人たちは仮死状態のまま何年でもこの中で生き続けることになる.
ただ、それはシステムに付随する生命維持装置が機能し続ければの話し。このような囚人護送船ではそれほど長い期間の護送は考えられていない。
したがって、ここにある囚人たちもすでに蘇生不能になっているだろう。



わたしは、古代の悪党達がどのような姿をしているのかが気になり、中を覗き込んだ。
しかし、先ほど船のユーティリティー電源をいれて船内の空調が効き始めたためか、筒の内側が曇りきっており、中をうかがうことはできなかった。


一歩下がってみると、カプセルの下部に小さなディスプレイがあり、そこに、「54」という文字がみてとれた。横を見ると他のカプセルにも同様に「54」の印が付いていた。数えると、この通路内には10本のカプセルがあり、最初の7本には「54」のこりの3本には「53」の数字があてがわれていた。





ワドゥク


その次の通路も、そしてその次の通路も最初のものとまったく同じ様子だった。


各通路とも運搬船の船首に近い部分にカプセルが10本づつあった。そして、最初の通路こそ2種類の番号が振られていたが、その後のものには通路ごとに同じ番号が振られていた。そしてその番号は「51」、「49」、「21」、「19、」という風に、2つのセットの奇数が降順にふられていた。どの筒も中が曇っていたのだが、新しく見つかるものになればなるほど、曇り具合が軽くなっていた。



(筒の内部が暖まってきているのに違いない)

中に入っている囚人たちがどういう姿をしているのか?そう思っていたながら、次の通路への扉を開けた。



その通路はこれまでのものとは形が違った。長方形の廊下状のプランではなく、丸い、踊り場のようなスペースを縦につないでいるようだった。そして、それぞれのスペースに、円周に沿うようにして4本づつのカプセルが設置されていた。

通路の真ん中を歩き、円の真ん中に来ると4本のカプセル=4人の古代の囚人に取り囲まれる形になる。



「さすがに・・・少し不気味ね・・・」

曇ったガラスのおくに、囚人たちの影がぼんやりと見えた。ほとんどカプセルの上部まである身の丈。2メートル50近くあるだろうか。



(こんな場所で働くのはいやだったでしょうね・・・)


今、わたしでさえ、ここに立つと背筋の凍りつく思いがする。まして、今と違って、拘束はされていても、まだ生きている巨漢の凶悪犯たちに"囲まれて"作業していたのだ・・・


当時の隊員達のストレスは相当だっただろう。


そんなことを考えると何か足元から冷気が這い上がってくるような気がした。



「・・・先に進みましょう。」

わたしは心細い気持ちを吹き飛ばすようにそう口に出して言い、通路の中を進んでいく。


更に半分ぐらい進んだとき、先ほどまで、「5」だったカプセル番号が「4」になっていた。
最初の部屋以来のイレギュラリティーを記憶に留めながらわたしはその中の囚人を見上げる。
「霜」はかなり薄くなり、中の囚人の姿がはっきり見え始めていた。
わたしは銃のスコープに装着されているトーチでカプセルの中を照らし出す。



「・・・・!」


はっきり見えた。


かなり大きい。



身長2.5メートル。灰色がかった褐色をして、しわの多い粗い肌には所々に丸い肉腫が浮かび、、強そうな毛がまばらに生えている。
はちきれんばかりに盛り上がる筋肉。ヒト型はしているものの、右側の腕の先には金属の輪の様なものがはめられ、そこから先には何本もの太い鞭のようなものから成る「房」が垂れ下がっている。
顔は額が極端に狭く、頭には筋状に茶色い、硬そうな髪がはえている。


上を向いた大きな鼻はつぶれて、ほとんど頬との高さの差がない。
そして、口もとからは滅茶苦茶な角度に短い牙が何本も突き出ている・・・




(・・・・ワドゥク!!)


信じられなかった。


まさか、自分が出会うとは思ってもみなかった種族、ワドゥクの遺体がそこにあった。


アーカイブの記録でしか見たことのエイリアン・・・ 
250年前に地球を襲った最大の危機、人類が知りうるもっとも凶暴、狡猾、そして残忍なものたち。
極めて重力の大きい星に生まれた彼等は、他の星の者たちより数倍強靭な肉体と力を持っていたという。2.5世紀前に地球が襲われたとき、1週間のうちにアフリカ、アジア、そしてヨーロッパの都市は廃墟と化した。殺されたり、奴隷として慰み物にされた人のは地球前人口の6割にあたる80億人だったという。

ワドゥクは体の一部に思い思いの武器を移植していたという。男達は捕らえられたその場で、まるで「試し切り」の台にされるかのように惨殺され、女達はワドゥクの過剰な性欲の対象として、死ぬまで犯され抜いたという。


謎の疫病がワドゥクを遅い、彼らが自主的に撤退をするまでの50年間、人類は彼らに蹂躙され続けた。彼らが去った後、地球の人口が元に戻るのには実に一世紀半を要した。



アーカイブにはワドゥクの映像記録もあった。圧倒的な強さを持ったものたちだ。
実際、こいつらと対峙するようなことになったならわたしのマーシャルアーツの技術などまるで役に立たないだろう。ハンドガンで撃ったとしても、どれほどのダメージを与えられるかも疑問だ。


そのワドゥクの遺体の前にわたしはたっている・・・いや、4匹もに囲まれているのだ・・・



(もしも、こいつらが生きていたら・・・)


金属製の床の冷たさが、固いブーツのそこを通して体にしみとおってくる・・・



(逃げられない・・・)


床の冷たさは脚の骨に反ってゆっくり這い上がってくる、凍えるように身体がかすかに震えだす・・・


(こいつらに、捕まって・・・そして・・・)


物理的な冷感に呼応するように、恐怖に彩られた興奮がわたしをつつむ・・・

ワドゥクの凶悪な表情、逞しい肉体、そして、わたしの目の高さ、異様に盛り上がった太ももの筋肉の付け根には尋常ではない大きさのごつごつと節くれだったものが・・・



(・・・!)

息が詰まりそうだった。クラクラとめまいがする。



そのとき、わたしは目の端で何かがきらめくのを認めた。



(なに?!!)


わたしは我に帰り、カプセルから一歩下がる。何かが起きた。

異変があったのはカプセルに付随したディスプレイだった。
見ると、さっきまでは「4」となっていた数字が「3」にかわっていた。


(どういうこと??)


わたしははっとなり、部屋を入ってきた方に逆走し、他のディスプレイもチェックする。



「3」、「3」、「3」、「3」、


今では霜もとれ、中にいるワドゥクの姿が見えるようになっているカプセルにはどれも「3」の表示がされていた。



(カウンター? 何の・・・?)


きびすを返し、今度はゆっくりと、先ほど見ていたカプセルのところに向かって歩きながらわたしは考えた。


(何らかのカウントダウン・・・爆弾?、いや、200年はたっている、サイクルカウントになっているだけ・・・おそらく「分」にちがいない・・・・ということは・・・)



わたしは跪き、今は「2」が表示されている、カプセル下部のディスプレイからつながるケーブルのハウジングを目で追う。
やはり・・・それはリリースラチェットにつながっていた。


(流刑地に着いたらリリースが開くようになっていた。でも、故障でタイマーだけが走り続けているということ??)


それにしても妙だ、なぜ,これだけ多くのカプセルが同時に故障するのか?



そのとき、恐ろしい考えがわたしの頭をよぎる。


(ま・・・・まさか・・・・)


そんなはずはない。これは地球の船だし。
わたしは、馬鹿な考えを打ち消しながら立ち上がる。

そのとき、カプセルの右下のあたりに、中から抜け落ちた四角い部品のようなものが目に付いた。拾い上げ、手にとって見る。カプセルの部品ではないらしい。


見たことのない電子回路が見えた。

部品を裏返してみる。その中央部にはシールがはられ何かが書かれていた。

見たことのない不思議な文字だった。

見上げる、廊下の壁の一部が剥げ落ち、その裏にさらに内壁のような構造がみてとれる。そこにあったのは、23世紀の地球には存在したはずのない金属で作られた、地球のものではありえない構造だった。



「・・・・・!!!」


頭がくらくらとし、腰が抜けそうになる。
ディスプレイを見ると表示が「1」にかわっている。

目の前のワドゥクの右手の指がゆっくりと曲げられていく気がした。





いや、気のせいではない!



その瞬間、わたしは走り出していた。



まだ解凍されていない頭の中に船内の地図を描き、脱出路をプロットしながら。