Spacegirl Death Trap:難破船
作:小谷ひとみ |
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イラスト:NOLIA |
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Chapter1
漂流船ESS「GUANTANAMO」艦橋
(コースプロット、・・TLZ025まで、ダイレクトコース。燃料も充分だし。イニシエイションは180分後と・・・ETA=到着予想時刻は始動後4時間ね・・・)
ナビゲーションテーブルに設置された古風なキャプテンズチェアのクッションは永い年月を経て相当誇り臭かった。この船は現行の航星トラベルシステムはかなり原始的なものではあったが、訓練を受けたわたしにとっては制御は比較的容易だった。
(・・入力、終了。)
わたしは、景気よく椅子を蹴飛ばし、立ち上がった。
必要な作業は基本的に終了した。7時間後にはこの船は宇宙の流刑地、TLZに突入する。あとは、残されたいくつかの謎を出発までの2時間の間に解き明かすだけだ。予定通りに消化されていく任務に、沈んでいた気持ちが軽くなるのを感じていた。
不審船発見
その船影をレーダーに発見したとき、わたしは辛うじて終了した潜入任務の帰り道だった。外宇宙の星、Minerexで奴隷と麻薬の取引を行っているといわれる組織を調べる為にダンサーとして潜入したわたしだったが、敵の罠に落ち、身も凍るような凄惨で淫靡な拷問にかけられたのだった。その任務の途中に、アカデミー時代の教官で、そしてかつての恋人でもあったロジャー・バックス大尉も失命した。最終的に敵の基地を破壊し、捕らえられていた数多くの地球系の女性達を解放することも出来のだが、わたしは肉体的、精神的に疲弊しきり、作戦フィールドを整理する部隊の活動を横目に、逃げるように星を脱出した。
任務中に遭遇する古代船の調査も確かにADD(=異星人間危機防衛機構)の義務ではある。しかし、普段だったら何らかの言い訳をつけて専門部隊に任せるはずの任務を引き受けたのは、本部に戻って今回の作戦についての報告を行い、公聴会に出席するよりもこちらの方がよほど気晴らしと癒しになると思ったからに他ならなかった。
発見した船は素っ気のない長方形のブロックのような形をしていた。人類が地球外生物とのコンタクトを初め、種族間のさまざまな問題に対処する為にADDが設立されるよりも前、23世紀初頭に作られたブッシュ型といわれるタイプだ。船腹には「GUANTANAMO」という文字のあとに何らかのアラビア数字が書かれていたらしい跡があった。わたしは自分の飛行艇を巨大な船に接舷させると、データベースから必要な情報をハンディに取り込み、ドッキング・ブリッジにむかう。接舷と同時に送り込んだ探査用ロボット、通称「ブイ」からのデータをチェックする。
「生体反応:0」
「エネルギー反応レベル:0.5」
「生理環境:グリーンレベル」
極めて「平和」な環境だ。調査機器とハンドガンがあれば充分。わたしは安堵を感じながら、ゆっくりと接舷ハッチを開いた。
***
船の中は調子が抜けるほどきれいだった。運搬船は、その任務の性質もあり、あまりきれいには使われない。これだけ内部が整って残っているということは、まだ着任直後に何らかのトラブルに巻き込まれた船なのだろう。シンプルだが品のいい装飾もそのままだった。普通の市民の目には触れることのない、こうした「骨董品」に触れることが出来るのは激しい任務の合間に訪れる特権的な楽しみではある。わたしは気持ちを躍らせながら何か懐かしいにおいのする船内を進んでいった。
漂流船ESS「GUANTANAMO」艦橋
まずは、船の艦橋のナビゲーターから本来の目的地、積荷などをチェックする必要がある。接舷ハッチからつづく廊下を400メートルほど進んだわたしは、円形の踊り場のようなスペースにある円筒形のシャフトの前で立ち止まり、「ブイ」に指示を出してユーティリティー電源をオンにさせる。そして、円筒に組み込まれた、ほとんどアンティーク物のエレベーターに乗り込んだ。古い機械にしては振動もなく、そしてそれほどの時間もかからず艦橋にたどり着いた。「わぁ・・・」思わず声が出た。これまで見てきた、どの23世紀船よりもよい保存状態だ。
(これは考古学部が喜ぶわ・・・)
保存状態のよい船を基地まで持ち帰ればそれなりの報酬がある。それを使ってしばらく休暇に出ようか・・・しかし、メインのコントロールパネルを調べ始めたとき、そんな楽観的な思いは消えてしまった。
「囚人護送船か・・・」
歴史の授業が頭をよぎる。21世紀に地球を支配したアメリカ帝国が政治犯を閉じ込めた収容所の名前。それがこの船の名前の由来となったグアンタナモだ。そして、この船の本来の行き先はデータベースによると「タイムレスゾーン=TLZ」。宇宙空間のひずみにあり、時間が延々とループを続ける空間だ。そこに送られるということは相当の極悪人たちに違いない。この船も当初はTLZ025という空域に向かって航行していたようだが、何らかの理由でプログラムがクラッシュし、2世紀にもわたってこの近辺を漂流していたらしい。ADDの方針として、このレベルの囚人護送船を見つけたときはその積荷である囚人たちの遺伝子の廃絶を計るため、確実にTLZに船を送り込むことが義務付けられている。
「仕方ないわね・・・」
わたしは、小躍りする考古学部隊員達のイメージを脳裏から打ち消しながらコースのプロットを始めた。
***
船のコースを一番近いTLZに設定し終わったわたしは、「ブイ」を無線で呼び出し、積荷の状況をモニターした。この場合は積荷といっても囚人達だ。200年以上もたっていれば当然生き残っているものなどいないはず。実際に初期調査で生体反応は0と出ている。ただ、どういうものたちが収容されていたかは記録する必要があるし(ここまではブイが自動的に写真を撮っている)、200年前の犯罪者の成れの果てを見てみたい気持ちはある。わたしは艦橋から隔離施設に使われるはずのカーゴ室に向かうドアに向かって歩き始めた。
しかし、ブイから腕時計型のディスプレイに送られてきた意外な情報を見て、おもわず歩みをとめた。
「個体x500、分布エリア、通路G、H〜Y およびホール1,2,3、GH」
通常なら囚人達は隔離が容易なカーゴ室に収容される。
一般通路や生活空間である通常の生活空間に収容されているなんて・・・
何かがおかしい・・・
しかし、200年前の船、200年前の囚人の遺体はどう考えても脅威ではありえない。
わたしは、頭の中で静に響く警報を無視して、振り返り、先ほど入ってきた通路とは正反対の方向にある「Corridor(通路):G」と書かれたドアに向かってふみだし、開錠用の青いボタンを押した。
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