『ゆにこおん(後編)』
作:毒々鰻     

<5>

 "麗しの君"斗貴子さんから、突然なる御下問……。
「あっ、あのっ。おっ、おれっ、お……っ」
 ヘドモド……ヘドモド……ヘドモド……ヘドモド……。
 嗚呼っ……立ち上がりはしたものの……。この俺、武藤カズキの……なんたる"不肖"っぷり!
 そんな俺を見やり、斗貴子さんは酔ったように微笑む。幼女を思わせるペタンとした座り方のまま、立ち尽くす俺を見上げている。フェラチオに没頭していた名残が、斗貴子さんの頬や首筋を、ほんのりと火照らせ続けていた。
「その顔は"当たらずとも遠からず"と言ったところか……。別に、非難している訳じゃないぞ。"キミに貫かれる"ことに決めて……、私は"結合の儀"に臨んでいる。肯定の答えも、それはそれで良し。自分でも驚いているのだが……ソノ……不愉快ではないのだ」
 四方に置かれた錬金のランタンが放つ白光を浴び、麗しき斗貴子さんは、穏やかに言葉を紡いだ。
「キミは……、いちいち謝らなくて良いのだよ。さあ……続けよぅ……」
 ――言い淀んでしまうところも、なんて色っぽい♪
 普段なら、"軍師"めいた英明さで輝く斗貴子さんの瞳に、妖しい光りが宿っている。これもきっと、飲んだ霊薬の効果なのだろう。ホムンクルスとの戦いに明け暮れ、ひたすら孤高なる戦士として生きてきた斗貴子さんにだって、戦いを忘れる時間があって良いはずだ! どうせなら、完全なプライベートで、忘れさせてあげたいけど……。
 少し"ラリってる"ぽくても、躊躇いと戸惑いとが、斗貴子さんの声を時折弱らせる。儀式"成就"の為とはいえ、俺なんかに処女の躰を開こうとしているんだ。無理ないよな……。
 ――癪だな。"本隊"からの指令で、斗貴子さんは"結合の儀"を行っている。まったく癪だ!!
 いまの斗貴子さんの仕草は、何処か子供っぽい。たどたどしくも悩ましいく、些か芝居がかった調子で、美女は誘惑の言葉を口にする。
「私は美人ではないし……、キミの"愛読書"を飾るモデルのような胸など……持ち合わせていない。ただ……幸いにして、私は……キミよりも"年上"だからな……。何とか"オネエサン"という……嗜好の範疇に……入れるだろう?」
「そんな、嗜好なんて! いや確かに俺……ああ言う本を読んでたけど……。斗貴子さんは、本当に素敵な……斗貴子さんは、世界でたった一人の美……」
「見え透いた世辞なんて……言わなくて良い……」
 抱き締めれば砕けてしまいそうなほど華奢な麗人は、困ったように台詞を選んだ。
 かくなる状態にある美女を目の前にして、俺の肉槍はコンマ5秒で復活してしまった。俺の人生史上なかった勢いで勃ち直り、隆々としている。精を放ったばかりだというのに、デリカシーの無い……困った奴だ。
「ぁ……カズキ……キミは……続けたくて仕方ないようだな…………」
 "戦士"としての断言口調からは程遠い、"今"の斗貴子さんの声。それは、はしたなく頭を擡げる肉槍を目の当たりにして、消え入りそうだ。
 アドケナサの残る顔を俺の方へ向けたまま、斗貴子さんは視線を泳がせる。一定の周期で肉槍を凝視してしまっては、恥じるように別の物を見ようと努力する。頬を紅潮させる彼女は、そんなことの繰り返し。
 ――斗貴子さんは、全然悪くないです! いま貴女は、喉を「コクッ」って鳴らしちゃったかもしれないけど。どうしたって人間は、"醜い物体"に注意を惹かれてしまうものなんだから!
「ゴメン……斗貴子さん。俺の……こんなに露骨じゃ恐いよね……」
 俺は反射的に、前を隠す。すると、
「謝らなくて良いと、言ったはずだぞ。もしも、私が普通の高校生なら……。何度もデートを重ねて、大人になって……。ゆくゆくはキミを受け入れて…………」
 ――斗貴子さん! いま言いかかった事って!!
 思いっきり不自然に言葉を切った麗人を見ると、真っ赤になっている。
「あの……斗貴子さん……」
「こっ、細かい事を指摘するな! カズキなんて、厳粛な"結合の儀"にあるまじき振る舞いばかりではないか! 私が少しぐらい……おかしなコトを口走っても、罪にはならないはず……」
 斗貴子さんは慌てたように言った。秀麗な容貌に、彼女らしからぬ"狼狽"の文字が浮かんでいる。貴女は、"戦場"での駆け引きには長けていても、隠し事は苦手ナンデスネ。
「斗貴子さん。今のは……」
「指摘するなと言っているだろう! そんな事より、"続き"を……」
 ――今ノ言葉ヲ聞イテシマッタラ、無理デス。……"本隊"の思惑なんて、知ったことかよ!!
 俺は、ワザト頷かず、未だ"使命"を纏おうとする貴人に歩み寄った。片膝着いて、座ったままでいる斗貴子さんを……ヒシと抱き締める。
 左頬で知る、スベスベで瑞々しい感触。二人のホッペが、ピッタリとくっついてるから……。
「斗貴子さん。……俺は、斗貴子さんのこと、好きだ!」
「…………えっ…」
「こんな状況で言っちゃ、信じて貰えないだろうけれど。俺っ、斗貴子さんが大好きだ!!」
 唐突過ぎると、自分でも思う。
 もっと使える言葉があるはずだろうと、己自身を罵倒する!
 それでも今、どうしても言いたかった。
 儀式を続けてしまう前に、俺が抱いている気持ちを、自分の言葉ではっきりと伝えておきたかった。
 どんな返事を聞くことになろうと、斗貴子さんを抱いてしまう前に、話さずにはいられなかったんだ!
 一分、二分……と、恐ろしくゆっくり時計の針が回り、やがて"戦士"を名乗るには小さすぎる躰が、俺の腕の中で抗った。
「こら、カズキ! これは"結合の儀"でっ」
「分かってる! 分かってるけどっ! 俺は、斗貴子さんが……」
「やめなさいっ!!」
 ひときわ大きく身を震わせ、俺の胸板を両手で押し、斗貴子さんは拒絶の叫び声を上げた。鋭い響きは怯えと、僅かではあるが"期待"を含んでいる。……そう信じたい。
「カズキ、頼むからもう言うな! 命懸けで救った女を愛しいと思い、抱きたいと思うのは分かる。"初体験"を、愛ゆえだと思いたがるのも分かる。それでも、キミは今、一時の情熱に流されているだけだ! 真剣になり過ぎないでくれ……。きっと後悔する事になるぞ! 優しいキミがそうなるのは、私も辛いから……」
 抗っても、腕中から抜け出せない、細身で可憐な美少女戦士。
 ああ言ってしまった以上、明日から二度と逢えないかもしれないじゃないか。返事も聞かないで、むざむざと斗貴子さんを放す気など、俺には全く無い。
「大好きだ」
「ヤメナサイ……」
「大っ、大好きだ」
「……バカ……」
「俺は馬鹿かもしんないけど、斗貴子さんが好きだ」
「バカ、バカ!」
「馬鹿二乗かもしんないけど、斗貴子さんが好きだ」
「少しは後先考えて、ものを言いなさい!」
「無理だよ。俺ってば、まっしぐらな"一本槍"だもの。突っ走って、貫いちゃわなきゃ、気が済まないもの」
「そんな言い方……カズキがすると……エッチ……」
「いやん♪」
 また暫く、会話が途絶えた。
 トクッ! トクッ! トクッ! トクッ! トクッ!
 斗貴子さんの鼓動は、二人の周囲に落ちた静寂に反して、どんどん早く強くなる。服越しでも良く分かった。
 ――斗貴子さん。温かいや……。キスしたいけど、ワザトらしくなるから。
 俺は黙って、抱き締め方と顔の向きを、少し変えてみた。
 唇が触れたのは、再び火照り始めている斗貴子さんの首筋。
 鼻腔を擽るのは、愛しき人の髪の匂い。月明かりの夜、人知れず街を駆け抜ける"風"の匂い。
「……やっ……だから……やめなさい……って……」
「好きか嫌いか……聞かせてよ……。俺のこと嫌い?」
「そっ、そんな事……んんっ」
 ホムンクルスの凶爪に大怪我を負った時でさえ、声一つ漏らさなかった斗貴子さんが、息を弾ませている。俺はただ、襟から左耳朶にかけて、唇でなぞり上げているだけなのに。
 ――極僅カナ面積ガ、触レルカ触レナイカナノニ。
 彼女の熱をもっと味わいたくて、首筋をちょっとだけ吸ってみた。いけない事だけど、"甘い香り"とか思ってしまう。
「やっ……んっ……やめ……」
 斗貴子さんは白い喉を仰け反らせ、弱々しい声を上げている。
 ――斗貴子さん。そんな声じゃ、"嫌がってる"とは取れないよ。取りたくもないしさ。
「カ……ズキ……。これは結合の……只の儀式だから……その……続きを……」
「ヤダよ、そんなのっ! 俺は好きだから……、愛してる斗貴子さんを抱くよ。斗貴子さんが俺のこと嫌いなら、いますぐ斬り捨てて欲しい」
 俺が喉を舌先でつつくたび、斗貴子さんは息を飲む。それなのに……。
「……カズキは……わ……たしの命……救ってくれた……。この儀……で、じゅう……ぶん……だ……んんっ!」
 言葉を切れ切れにしながらも、この人は口にする内容を変えない。「充分」って、何が? 知りたいよ。
 その背に回した両腕で、斗貴子さんをもっと引き寄せる。セーラー服の下、彼女の高まっていく熱を感じ取りながら。
 俺にとって"世界で一番"の美女は、思い出したように身を捩った。その動きが、改めて掌に認識させる。
 ――服の下で、斗貴子さんの素肌が息づいてるんだ。
 心の内で書いたフレーズに眩暈がした。やべぇ、俺も凄く熱い。
 きっとこのまま押し倒しても、斗貴子さんは拒まないだろう。でもそれは、これが"結合の儀"だから。そして多分、斗貴子さんは、俺をこれ以上"戦い"に巻き込むまいと、思っているから。
 それじゃ駄目じゃないかっ!!
 もっと味わっていたい首筋から、俺は渋々と唇を離した。ほっとした様に脱力する斗貴子さんを支え、彼女の息が整うのを待って、その可愛らしい耳元へ囁く。
 俺達は今、密着しすぎていて、お互いの顔が見られない。腕の中で斗貴子さんは体勢を変えようとしたけれど、俺は許さなかった。
 互いの顎が、相手の左肩に乗る格好。
 これでいい。至近距離から斗貴子さんに見つめられたら、これから言おうと思ってること、俺は言えなくなるに決まってるからな。
「斗貴子さんが"本隊"から何を命令されても……。俺、これでサヨナラする気なんて、ぜんぜん無いから……。斗貴子さんがこの街を離れるなら、俺も絶対ついてく!」
「なっ?!」
 腕の中で愛しき人は、驚きに「ビクっ!」と細い躰を震わせた。
「自分が何を言っているか、分かっているのか! この一週間で、どれほどの深手を負ったか、何回死にかかったか。キミはもう忘れたのか?! カズキは、"怖いのも痛いのも、真っ平ゴメン"だと言ってたではないか。私の傍にいたら、もっと酷い目に遭うぞ!」
 傍にいたがる俺に、「迷惑だ」じゃなくて、「酷い目に遭うぞ!」か……。
 ――チョットハ希望ヲ持ッテモ良イカナ……。
「そりゃあ怖い目にも痛い目にも、この一週間で、普通の人なら一生分遭っちゃったけどさ。そんな事、問題じゃないからっ」
 囁くだけなのに、俺は大きく息を吸う。何しろ、この後が正念場だ。
「俺は……、武藤カズキは……、今は未熟でヨワッチイけど……、絶対強くなるから! 斗貴子さんがくれた"核鉄"に、相応しい存在になってみせる! 今度こそ、"一人の犠牲も出させない"存在になってみせる! そして何より、斗貴子さんを支える存在になってみせるから!」
 俺の左手は、相変わらず斗貴子さんの背中にあって、心地よい律動を感じ取っている。一方で俺は、右腕を抱擁に使うのを止めた。
 斗貴子さんは少しだけ身を引いた。ほんの少しだけ……。
 結果、超至近距離で、俺達は見詰め合う。一度大きく開いた斗貴子さんの口は、二回ほど怒鳴る努力をした後、虚しく閉じるのが見えた。
「本当に……キミは……。私の傍にいたら……命が幾つあっても足らないぞ……」
 そう言って斗貴子さんは、じっと俺を見た。"睨む"ではなく、"見る"だ。口がやや尖り気味なのは、彼女がムキになっている証拠だと願いたい。
 ――斗貴子さんの目に、涙が溜まって……。えっ?!
「!!!」
 俺の背に、斗貴子さんの手が回る。「ポフッ」とか、音がするほどの勢いで、彼女の方からしがみついてきた。
 気が付けば、今度は逆に俺が、斗貴子さんの腕に捕らえられていて……。
「カズキなんて……カズキなんて……大キライだ……。私は"錬金の戦士"なのに、……戦士で"あり続け"なくてはならないのにっ! キミといると、弱音を吐いてしまいそうになる! 太陽の照らす世界に、行きたくなる! 本当に、キミはヒドイ奴だな!」
 嫌いだと断言し、細い腕で精一杯しめつけ、この俺を糾弾する斗貴子さん。
 そんな彼女の理不尽さが愛しくて……。
 目にいっぱい涙を溜めて微笑む、"カケガエノナイ"斗貴子さんが愛しくて……。
「……ゴメン……」
「……ばかぁ……謝る……な……」
 俺達はお互いの温もりを求め、どちらからとなく抱きしめ合っていた。
 強く……強く……。

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