半ズボン倶楽部総合掲示板


[リストに戻る] [ホームに戻る] [新規投稿] [スレッド表示] [トピック表示] [新着順表示] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
絶叫マシンと半ズボン - ケイショウ 2010/11/05(Fri) 18:22:30 No.574
 └ Re: 絶叫マシンと半ズボン - MOMO@管理人 2010/11/14(Sun) 04:09:59 No.575

絶叫マシンと半ズボン 投稿者:ケイショウ - 2010/11/05(Fri) 18:22:30 No.574
始めまして。ローラーコースター(ジェットコースター)と半ズボン、全く関係ないと思われるかもしれません。でも、私の心の中では密接に繋がっています。読んでやってください。かなりマニアックな話も出てきますが、かなり長文になりそうですが、ご容赦ください。
私は昭和30年生まれ。東京では、後楽園遊園地(今の東京ドームシティアトラクションズ)がオープンしたり、少しずつローラーコースターが設置されだした年でした。又、昭和30年代から40年代にかけては、男の子の服装として、半ズボンが大手を振っていた時期でもありました。
ローラーコースターに関しては、小学校低学年の頃、二子玉川園にあったフライングコースターに乗って、あまりに怖くて泣いてしまい、以後今年、富士急の3大コースターを制覇するまで、1つを除いて決して乗った事がありません。一方半ズボンは、小学校3年の時の担任が、子供たちを丈夫にする方策として、半ズボンを推奨した事がきっかけとなり、以後、6年生になるまで、半ズボンを履く事に、一種の喜びさえ感じる様になってしまいました。5年生の時、中学生になったら、さらに大人になったら、半ズボンを履くことが許されない、汚い存在になってしまう事に激しい危惧の念を感じていた位でした。でも、人の成長は残酷なものでした。中学1年の終わりまで、半ズボンを履いていました。でも、恐怖の第2次性徴の為、声変わりで歌を歌うのが嫌いになり、さらに醜悪な体毛が足に生え出し、私は、泣きながら、半ズボンを心の中からも箪笥の中からも、封印しました。甘く美しく麗しい少年期は終わったと。でも、潜在意識は諦め切っていませんでした。
少年と半ズボン。半ズボンは、少年達を、かっこ良くそして可愛く見せる最大のアイテムでした。股下の短い半ズボンは、少年達の足を長く見せました。だから、長ズボンはもちろん、膝まであるバミューダショーツさえ嫌でした。今でも、おじさん達(自分もそうだが)の履く膝まであるだぼだぼのハーフパンツは嫌いです。今の小学生達もだぼだぼのハーフパンツ。嫌な時代になりました。それに比べて、女の子達のホットパンツ。羨ましいと言ったらありゃしない。ジーンズ生地の、足元のめくれたホットパンツを見ていると、私達の少年期に対しての憧れも少しあるのではないかと、本気で思っていました。でもまさかそう思っていた私が、そのホットパンツに似た半ズボンで、太腿丸出しで街中を歩こうとは、夢にも思っていませんでした。
今年2月19日、富士急ハイランドに行き、3大コースターに乗りましたが、不思議とどうしようもない恐怖感は起きませんでした。特に印象に残ったのは、ええじゃないか、でした。このコースターに乗る時、靴を脱いで乗る人がいる事を、私は決して見逃しませんでした。3大コースター搭乗の記憶は、無意識領域でどんどん膨らみ、私を絶叫マシン大好き人間へと変えていきました。ローラーコースターに乗る時、万歳する人がいますが、彼らは自分を度胸のある人に見せる為万歳するのではない事に気付きました。万歳すると、恐怖感がなくなるだけでなく、とてつもなく気持ち良く、嬉しくてどうしようもなくなるからです。北九州市スペースワールドのヴィーナス・東武動物公園のカワセミ・ラクーアのサンダードルフィン。これら、揺れが少なく乗り心地も最高の、美食的コースターでは、まさに歓喜と悦びの大絶叫で声が嗄れました。特に、よみうりランドのバンデットで気付いたのですが、胸が反る程に万歳して、森の上のキャメルバックと谷に落ちる時での風を身に受ける気持ち良さは、筆舌に尽くしがたいものがあります。そう、小学生の時、半ズボンを履いたまま自転車を漕いで、太腿に風を受ける気持ち良さと同じです。東京ドームシティのタワーハッカーに挑戦した時、(最初は怖くて踏ん切りがつくのに10分掛かった)靴を脱ぎましたが、ええじゃないか、で靴を脱いだ人を完全に思い出しました。実際怖かったです。が、反面とても気持ち良かったです。よみうりランドのクレージーヒューストンでは、初っから靴を脱ぎました。同時に思いました。太腿丸出しの半ズボンに、靴下無しの完全裸足だったらどんなに気持ち良いだろう。足ぶらぶらの、インパーデットコースター・ええじゃないか・垂直落下系マシン。これらをより楽しむには、極力肌をさらした超軽装が最高である、と。
チャンスはすぐにやって来ました。それまで作業用に使っていた柔らかいジーンズの膝が破けてきました。7月猛烈に暑かった。膝から下を切り、裾を2回程外側に折ると……、女の子達の履く、ジーンズ生地のホットパンツと同じ様な仕上がりになりました。
履いたら恥ずかしい。そんな気持ちもありましたが、暑くてそんな事言ってられません。履きました。股下約6cm。意を決して外出。それが思った以上に爽快でした。小学生の頃、半ズボンで太腿を外気にさらしていた気持ち良さが、完全に蘇りました。もうこうなると止められません。
結局、10月に入っても絶叫マシンはこのスタイルで、東武動物公園のカワセミとG-Maxを堪能しました。特に垂直落下系のG-Maxはこのスタイルが最高でした。怖いけど、落ちる時の風が裸足と太腿を直撃し最高に気持ち良かった…… 11月に入った今でも、この半ズボンで外出してしまいました。本当にアホです。未だに、太腿には醜悪な体毛がありますが、そんなにかっこ悪くないと家内は言ってくれて(かなり苦し紛れに感じる)います。
来年3月には、三重県にある、ナガシマスパーランドに行く予定ですが、この半ズボン姿で楽しみ、風になってみせます。ただ、この半ズボンに加工したジーンズ、少しくたびれてきたので、股下5cm位のジャージの短パンを購入したいと思います。だぼだぼもピチピチも嫌です。少しわずかにゆとりがある位、そして、股上もある程度あるのが私の理想です。
長文、失礼しました。

Re: 絶叫マシンと半ズボン 投稿者:MOMO@管理人 - 2010/11/14(Sun) 04:09:59 No.575
ケイショウさん、はじめまして!
力作、拝読いたしました。

昭和30年代〜40年代。
新幹線、高度経済成長、所得倍増、東京オリンピック、大阪万博と日本も勢いがあって上昇志向だった時代。
皆がより豊かな、より上質な物を求めていた時代にあって、丈の短い半ズボンは男の子用のとてもモダンで
ハイセンスなファッションとして受け入れられたんじゃないかなって思います。

怖さのあまり封印したジェットコースターと、方や惜別の想いで封印した半ズボン。
東京タワーからスカイツリーへとランドマークが移りつつある平成の世で、奇しくも
二つの封印が解けるとは何とも素晴らしい!
キーポイントは”心地いい風”。

わたしも風を感じたい!
・・・
と思ったら、”風邪”をひいてしまいまして(^^;
お返事遅くなりましたm(__)m


半ズボンを穿いての絶叫マシンレポート、お待ちしております!


- 返信フォーム

お名前
Eメール
タイトル
メッセージ
メッセージ中にはURL欄と同じURLを書き込まないで下さい
URL
暗証キー (英数字で8文字以内)
文字色