Epilogue



毒虫  


目が覚めたとき、わたしのスーツの内側にはちゃぷちゃぷ音がするほど汗がたまっていた・・・体の芯が冷え切っているのに、肌は熱く火照っている・・・



見上げると、私は4本のカプセルに囲まれて、貨物船の床に倒れていた。



腰の辺りに、何かに指されたような疼痛と、もぞもぞとした異物感を感じる。

反射的に左のお尻に平手打ちを食らわせる。何かがつぶれる感触。

手を見ると、緑と紫に彩られた大きな羽虫がはりついている。



(アンドロメダ・バグ・・・こいつに刺されたの?・・・だから・・・)



強い幻覚毒をもつ毒虫だ。さっきまでの陵辱の風景が、感覚がもどってくる。見上げると、カプセルの中のワドゥクがこちらをみおろしている。

「・・・・!」

恐怖に包まれる。思わずつばを飲み込む。

しかし、すでに生命維持機構を失ったカプセルの中のワドゥクは無害に立ち尽くしているだけだ・・・

思いついて、室内の壁を目でスキャンする。壁面まで這って行き、内装パネルをはがしてみる。中には典型的な23世紀のテクノロジーの賜物の空調装置が静に息づいている。



腕の時計を確認する。自動航行シークエンス開始まであと20分。

(早く、戻らなきゃ)

私は、よろめきながら立ち上がり、まだ、痺れの残る体に鞭打って、自分の飛行艇に向かって歩き出す。



飛行艇を貨物船から切り離し、安全な位置まで航行させた後、ビジュアル・スクリーンに貨物船の姿を映し出した。アンドロメダ・バグの毒の影響はまだ残っているのだろう。頭の芯に痺れのような物がのこっている。



ビジュアルでは貨物船のエンジンに火がともり、ゆっくりとTLZに向かって加速をつけ始めている様子が写っている。何世紀も前、私たちの祖先は、あの船をTLZに葬ったと思っていた。しかし、プログラムの異常により漂流し、わたしに発見されたのだ・・・



頭がグワンと揺れ、視界が赤く染まった。その瞬間わたしの意識はあの船の中に引き戻され、臭いワドゥクたちの体液にまみれ、からだじゅうの・・・・

フラッシュバックだ・・・



「くぅ!」

コックピットの操作盤に置いた左手の親指の爪が割れ、血がながれていた。

(負けちゃ・・駄目!)

私は右のこぶしを爪の割れた親指からもちあげ、目をみひらいてビジュアルを見つめる。

(あの・・・あの船さえ、消してしまえば・・・)



理不尽な衝動が突き上げる。熱く、燃え滾る物が背筋を駆け上り、顔がカーッと熱くなる。右手のジョイスティックに手を伸ばし、離れていく船の船腹に照準を合わせる。

「しねぇえええええええええ!!!」



絶叫し、ジョイスティックの下にある引き金を引き絞る。うす青い閃光を放って銃弾が船に向かい連射される。吸い込まれるように船腹に命中した銃弾は細かい火花を上げていく。

つづいてわたしは、コックピットの中央にあるセレクトレバーを一番左までひねる。そして、船のエンジン部に狙いをつけ、レバーの横にある赤いボタンをこぶしで叩きこむ。



「クシュウウウウウ!!!!」

ソーダが発泡するような音をだして、太い棒のようなものが一直線に飛んでいく。1秒後、かなり大きい音とともに、ビジュアル上に火の玉があらわれ、貨物船の残骸が宇宙に広がっていくのが見えた。



わたしは、コックピットの椅子に身体をなげだし、気が狂ったように笑い始めた。

(くたばれ! くたばれ!!! あいつら、みんな! あいつら! )

しかし・・・私の笑いは気が痴れたかのように高くなった直後、むせ返るようになり、やがて、むせるような泣き声にかわっていった・・・・そして、いつしか、わたしは泣きつかれて眠り込んでいた。