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チベット最悪の夜


Nov.28.2003





03年11月11日
7:00pm

バスの湯を確認するも、ぬるいし、チョロチョロとしか出ないし、シャワーにも使えない。
こんなんで風呂に入ったら風邪を引きそうだ。
早いけど、もう寝ることにする。

ベッドを見ると、ベッドメーキングされてるようで、結構いいかげんなことに気づく。
ベッドカバーがベッドの下に織り込まれてるはずが、半分くらいだらしなく飛び出してる。
湯の入ったポットもフタが壊れてとれているし。
従業員のやる気の無さを感じる。中国だから仕方あるまいと思うことにする。

しかし、それもこれも、初めての体験ゆえ、何もかもが面白い。チベットはやはり楽しいところだ。

日本に早く帰りたいという気持ちも、もう失せており、
ただ、明日一日残すフリータイムを存分に楽しく過ごすことばかり考えていた。
このとき私はまだ、今宵迎える「チベット最悪の夜」の予感すらも感じていなかった。

7:30pm

ベッドに横になり、ややもすると、もう克服していたと思われていた息苦しさを若干感じるようになる。
まだ高山病が尾を引いているのか?
今日はもう酸素ボンベは無い。細かく呼吸をすることで乗り切ろうと思う。
ちょっと、首のコリを感じる。昨日寝違えたのが、まだ残っていたか?

9:00pm

ドカンドカンと、何か工事の音が聞こえ、目が覚める。
歌謡曲の次は工事の騒音かよ?しかもまたこんな夜遅くまで!
と、思いながら、もうそのうち止むだろうと寝ることにする。

9:40pm

寒さで寝付けない。ホカロンを取り出す。ビスケットをかじる。
工事の騒音は止まない。

9:50pm

騒音がひどくなってくる。ドンドンドンドコドンと、なにやらリズムにのるかのような工事の音。
中国の工事労働者は働き者なのかも知れないが、もはやイヤガラセとしか思えない。
やはり、ホテルを変えるべきだったか……?!激しく後悔する。

10:30pm

廊下が騒がしい。さすがに他の客も、この騒音には耐えかねたか。
私も廊下に出て、ホテルの従業員に苦情を言う。
しばらくして、騒音もおさまったようだが……。

これで、ゆっくり寝られるだろうと、ほっとするも、今度は首の痛みに襲われる。今まで経験したことのない事態だ。
肩こりというか、筋肉痛というか、首を寝違えたというレベルをはるかに超えた痛みが、首筋、肩周辺に襲ってくる。
頚椎を切られるような痛みなのである。

つまり、こうだ。
立って、起きているぶんには楽なのだが、ベッドで横になって、枕に頭を乗せようとすると、
頭の重みが首の別方向にかかり、神経を圧迫するなどして激痛が走るのであろう。
椎間板ヘルニアとか、ムチウチ症というのが、こんな感じなのだろうか?
昔、首にギプスをはめてる友人を見て、大変だな〜邪魔くさいだろうなと、思っていたものだが、
いま、ギプスをはめたいと思うのは私のほうだ。

枕の高さをいろいろ調整するが、痛みが和らぐ角度が見つからない。
このままでは横になって眠れない。

ベッドが悪かったのか、寝方が悪かったのか?騒音対策で体が緊張していたためか?

私は、このチベットの聖地で何かバチあたりなことでもしたであろうか?
これでも一応バチを恐れて、寺の中では仏像にカメラを向けなかった。
チベット僧にも正面きってカメラは向けなかった。五体投地をする信者を撮影することもなかった。
もしかしたら路地にうち捨てられたチベット犬の死体を写真に撮ってしまったがために、
動物霊に憑依されたのかもしれないな。今、チベット犬の霊が、私の肩に噛み付いているのかも知れない。

ああ、私は、生きて朝を迎えられるのだろうか?
あらゆるマイナスイメージが頭をよぎる。

03年11月12日
1:00am

寝付けないまま、小腹がすいたので栗を食べる。
首は痛いままだ。痛いのを我慢しながら、だましだまし寝ようとするが、だめだ。痛くてもう。

1:45am

ビスケットを食べる。
室温12度。寒さを感じる。暖房施設などない。どこのホテルにもなかった。

2:00am

首の痛みは和らぐ気配がない。手で揉んでマッサージするも効果なし。

2:20am

すっかり目が覚める。
ベッドに横になると首がいたいので、寝るというより、まくらにもたれて上体を半分おこして休む、という感じの体勢。
横になると死んでしまうというエレファントマンの気持ちがわかる。
上体をおこしていると、ベッドシーツがずりおちて肩が冷えるので、セーターを着込む。
頭も冷えるので、毛糸の帽子をかぶる。ホカロンで足を暖める。

なんだか、雪山で頚椎損傷してビバークしているような状況だ。

なんで私はホテルの中で、野営しなければならぬのか?

3:00am

やっぱり、もうちょっと寝ようと思う。

3:15am

眠れない。ピーナッツ食べる。

早く日本に帰りてえ。もうかなり弱気。

5:10am

気がつくと、2時間くらい眠れたらしい。

5:30am

そろそろ、起床時間か……首が痛いからもう起きよう。
と、思いつつ、上体をおこしながらも、首が動かせずうだうだ。

7:20am

ちょっとだけ、寝たようだ。

8:00am

そろそろ、本当におきる。

ああ……朝だ……。生きて無事に朝を迎えられて本当に嬉しい。
しかし、私はチベットに来てから、まともに夜寝れた気がしない。
ああ、これは仏陀が私に与えたもうた何かの試練なのでありましょうか。

8:20am

日本から持参したインスタントコーヒーを飲む。うまい。
ホテルのポットの湯は冷めていたので、持参した電気湯沸し器で沸騰させた。
電気湯沸し器は、荷物だったかなあと思っていたが、土壇場で役に立った。



おきている間は、首の痛みも感じなくなるようだ。
しかし、首が動かなくなっている。横にも後ろにもほとんど回せない。
肩がぱんぱんにはっているようだ。
こんなんで、今夜も乗り切れるのだろうか。
これがただの肩こりならば、なんとか、昼間のうちに肩を揉みほぐすことが出来ればよいのだが……。

ちなみに、肩こりの原因について調べてみると、
筋肉のエネルギー源であるグリコーゲンが、血行障害などで酸欠状態になると、
乳酸に変わって蓄積されるのだという。乳酸は筋肉を緊張させて毛細血管を狭め、
さらに酸欠状態となり、グリコーゲンが乳酸に変わるという悪循環が生じるとか。
つまり、この肩こりは高山病の副産物とも言える物なのだろう。
おそるべし高山病。加えてホテルの騒音によるストレスが原因に違いない。

そして、フリータイム2日目が始まった。





<続く>




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